能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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箙のつづき

次第を謡い名乗ったワキは、都へ上り洛陽一見の志と述べて道行の謡。筑紫から海路を取り、須磨の浦、生田川にやって来たと謡います。

着きゼリフで、生田川にやって来たワキは色美しく(咲く)梅があるので、暫く待って人が来たら(梅の謂われを)尋ねようようと述べてワキ座に着座します。

ワキが梅を眺めていると、前シテの男が次第で登場してきます。直面で、白大口に段熨斗目、掛け素袍の装束で、常座に出て次第の謡、サシと謡います。
時の流れを謡い、人の身の無常、有為転変の様を思う無常観漂う詞章です。景季の一生を思えば納得いくところで、この曲も修羅の苦しみ、無常を示す修羅物の基本を外していないことが分かります。勝修羅といった分類にあまり意味がないというのも、お分かりいただけるかと思うところ。

さて下歌、上歌と謡い終えたシテに、ワキが声をかけます。
この梅は名木なのかという問いですが、これにシテは「箙の梅」というのだと答えます。そしてワキの求めに従って箙の梅の謂われを語り出します。

生田の森は(一ノ谷の合戦の際に)平家方十万余騎が陣を構えたところだが、源氏方の梶原平三景時の子息である源太景季が、闘いに臨んで当地の梅から一枝を折って箙に挿し笠印として奮戦した。闘いに勝った後、景季はこの梅の木を八幡の神木として敬ったことから、箙の梅と伝えられているのだという語りです。
このシテの語を受けて、ワキ、シテの掛け合いとなり地謡に。景季の奮戦を讃えます。

つづいてクリ、サシ、クセと合戦の様が謡われます。シテは正中に座したままで居グセ。
播磨の室山、備中の水島と、二度の合戦に勝利した平家は、摂津一ノ谷に十万余騎を揃え立て籠もる形となっていた。生田の森から一ノ谷、三里ほどの間には平家の軍勢が満ち満ちて、浦には数千艘の船を浮かべていた。
時しも二月の初め、薄雪もあろうかという中、はや色を見せた梅一花に戦勝の吉兆を見、春の先駆けの梅花に、戦場での先駆けの思いをあらたにした。味方の勢は六万余騎を二手に分け、大手は範頼、搦め手は義経が率いて押し寄せた、と合戦直前の様子が謡われます。
さてこのつづきはまた明日に
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