能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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鞍馬天狗もう一日のつづき

「そもそも武略の誉の道」と地謡が繰り返すうちに、シテは立ち上がり、角から常座へ。「清和天皇の後胤として」の謡に子方に向いて胸サシして開キ。
「あらあら時節を考え来たるに」とワキ正に出るとさして正先へ。「驕れる平家を」と正先へ。「西海におっ下し」と幕方を見据えます。

「煙波滄波の浮雲に」の謡に、常座から幕方を見込み、ユウケンして平家を討つ心構えを祝す心。
「これまでなりや」と正中で頭を下げ、牛若に別れを告げる形になりますが、「御暇申して」と常座へ進むシテに子方が寄り、袂を引く形になります。
シテは舞台を廻り、「頼めや頼めと夕影暗き」で左袖を巻き上げて橋掛りを進み、繰り返す「頼めや頼め」の謡に幕前まで進むと、「夕影鞍馬の」で左袖を被いて直し、「梢に翔って失せにけり」と、袖を直して留拍子を踏みました。

白頭のため舞働はありませんが、牛若、後の義経を盛り立て平家を討たせようとする、大天狗の心遣いのようなものが、より感じられるような印象でした。
(75分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

ところでこの鞍馬天狗ですが、確定ではないものの「宮増」の作とされています。
この宮増(みやます)ですが、どういう人物であったのか、実は良く分かっていない様子です。
宮増という名は室町時代の前期から後期にかけ、各種の資料に出てくるようなのですが、当然ながら同一人という訳ではなく、何人かの「宮増」がいたと考えられます。このうちの誰が能作者の宮増なのか、これがよく分からないらしいのです。一節には宮増を名乗るグループ、自分たちでも小さな座を持つとともに、観世や、後には金春、金剛座などにも所属したグループがあり、このグループに属する何世代かの作者達の総称ではないか、との話もあります。
いずれにしても、この鞍馬天狗のほか、小袖曾我、調伏曾我、烏帽子折、大江山などの作者とも言われていて、劇的要素の強い、後の歌舞伎にも繋がりそうな曲を作ったようです。安宅ももしかすると宮増作ではないかとの説も見受けます。
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