能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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蟻通さらにつづき

ワキは暗くて先も見えないし、乗っていた馬まで伏せてしまっていると窮状を述べますが、これに対してシテは「下馬は渡もなかりけるか」・・・馬を下りなかったのかと問います。
神前ですから下馬すべき所という次第で、蟻通の明神は「物とがめし給う御神」なので、知っていて下馬しなかったのなら命もなかっただろうと言います。

ワキは不思議のことと驚きますが、「さて御社は」と問いかけます。
シテは灯籠を上げ「此の森のうち」と指し示す形。さらに掛け合いで、灯の影から様子を見れば、確かに社壇のある様子。下馬しなかったとは畏れ多いことと謡われ、シテは「見ればかたじけなや」で再び灯籠を上げて照らす型。地謡の「馬上に折り残す」あたりからゆっくりと後ろを向いて、常座あたりで後見に傘と灯籠を渡し、後見が肩上げを下ろして中啓を渡すと「恐れざるこそはかなけれ」の謡いっぱいにワキ正から正中の少し手前まで出て下居します。

シテはワキに「如何なる人にて渡り候ぞ」と問いかけ、ワキが紀貫之と答えます。
貫之と聞いてシテは、歌を詠んで「神をすずしめ御申しあれ」と求めます。ワキは自分の言葉が神慮に叶うのかと思いながらも、と謡い、一呼吸置いて「雨雲の立ち重なれる夜半なれば ありとほしとも思うべきかは」と歌を詠みます。
シテはすかさず歌を繰り返して詠じ、面白し面白しと褒め、自分たちでさえ面白いと思う歌を神が納受しないはずがないと言います。
シテ、ワキの掛け合いから地謡へと謡が続いていきますが、紀貫之にちなんで和歌の六義などが歌い込まれています。

この「蟻通」という曲、平安時代後期の歌人である源俊頼によって書かれた歌論書「俊頼髄脳」に出てくる蟻通明神の話を典拠としているようです。まさにこの話の通りの展開ですが、この「雨雲の」の歌については、以前の鑑賞記にも書いたように、雨雲で見えぬけれども星は在るということと、蟻通をかけている訳です。蟻通の社には雨中のこととて気付かないでしまったという弁解を、星に懸けたところがこの歌の上手さということでしょう。
ふと金子みすゞさんの「星とたんぽぽ」を思い出しました。
さてこのつづき、もう一日明日に
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