能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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鵜飼のつづき

一声の囃子でシテの出。やや大きめの柄の小格子目引を着流しに、灰系の水衣肩上げ、腰蓑を着け松明を振りつつの登場です。
常座まで進み、松明を上げたまま一セイ謡い出し。「鵜舟にともす篝火の 後の闇路を 如何にせん」と謡って松明持つ手を下ろし、サシ。
続けて、月のない闇夜に鵜を使う面白さに殺生をする自らを自嘲的に語り、下歌、上歌と謡います。

真如ノ月の小書ではサシの後、詞、下歌、上歌が省略されて、この後の「いつもの如く」の詞に続きますが、今回は小書無しのため、シテは殺生を悔いつつも鵜飼の業を止めることのできない思いを、しみじみと謡います。

シテの詞。「いつもの如く御堂に上り鵜を休めうずるにて候」で右ウケして松明を上げて下ろし、ワキ座を向いてワキ達の姿に気付いた態で「や」と声を出し「これは往来の人の御入り候よ」と述べます。
シテ・ワキの問答になり、ワキが堂に泊まっている子細を述べ、シテに素性を尋ねます。シテが鵜使いと答え、月が出ている間は御堂で休み、月が沈むと鵜を使うのだと説明します。

ワキは、シテが老人であることを見て、老体で殺生をするのはいかがかと言いますが、このやり取りからワキツレ従僧が口を挟みます。二、三年前に老人の鵜使いに行き会い殺生を止めるようにと諭した話をします。シテは「さてはその時の御僧にてわたり候か」と自らがその時の鵜使いであることを明かしますが、さらに自ら既に死んでしまったと述べます。
以前の鑑賞記にも書きましたが、亡霊が現れる場合、前場中入前に幽霊であることを仄めかしてシテは姿を消し、後場で生前の姿で現れるというのが複式夢幻能の基本的な形です。しかしこの曲では、前場の途中で幽霊であることが明らかになり、前場の後段は幽霊が生前の鵜飼の様子を仕方で見せるという、夢幻能の後場の大部分と同等の構成になっています。このため本曲の後場は、鵜飼の霊が成仏する機縁となった法華経の功徳を地獄の鬼が示すという、常の曲なら後場の最後の部分キリで謡われるところが、大きく拡大され後場全体になっているような構成です。
ともかくもこのつづきはまた明日に
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