能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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鵜飼もう一日のつづき

ロンギの地謡に、後ろを向いたシテの装束を後見が整え、正向いて地謡を聞く形。
「法華は利益深き故 魔道に沈む郡類を救はん為に来たりたり」と謡って開キ、地謡を聞きつつ角に。角トリして左に回り。
「それは褒美の言葉にて・・・」と謡いつつ地ノ頭あたりから大小前に行き小廻り。地謡「経とはなどや名づくらん」で開キ、「それ 聖教の 都名にて」と数拍子を踏みます。
「唯一乗の徳によりて」と正面向いて上をサシ「奈落に沈み果てて」と開いて安座。
「仏果を得ん事はこの経の力ならずや」と中腰になりワキを見込みます。

「これを見かれを聞く時は」の地謡に扇を広げ、ユウケンして立ち上がると角へ。角トリして左に回り大小前から「僧会を供養するならば その結縁に引かれつつ」と大小前からワキに向かって正中へと出、開いて正へサシ、左に回って角から常座へと行き、小廻りして開キ。「他を済くべき力なれ」と留拍子を踏んで終曲となりました。
長山耕三さんらしい、キチンとした舞台に好感を新たにした一曲でした。

ところで今回の鑑賞記の冒頭に、7年程前岡久広さんの真如ノ月を観たことを書きました。
あのときは太鼓が亡くなった三島卓さんでした。卓さんが亡くなったのが、次の年、2009年6月。36歳の若さで急逝され本当に驚きました。
実はその岡さんの鵜飼の後、2008年の11月に、喜多流自主公演能で粟谷充雄さんが龍田を舞われた時が、私が卓さんの舞台を観た最後です。
この時の鑑賞記には「神楽でトラブルはありましたが」とのみ記載がありますが、実は神楽の途中で卓さんが太鼓を打つことができなくなってしまったのでした。記憶がどうもハッキリしないのですが、たぶん次の曲を打つことになっていた小寺佐七さんが、途中から代わられたのではなかったかと思います。
その時はどういう子細か分からなかったのですが、ともかく詳細を記録に残さない方が良さそうだと思ったのでしょう。

卓さんはその年の暮には、お仲間にしばらく舞台を休むという挨拶をされたようですから、もしかしたらあの時の龍田が最後の舞台だったのかも知れません。
あらためて合掌。
(70分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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