能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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当麻さらにさらにつづき

クセに続いてロンギ。シテ、ツレは、時も二月の十五日、法事のためにやって来たのだと謡い、その古の化尼化女が夢中に現れ来たったのだと明かします。
地謡が、光さして花降り、異香薫じて音楽が聞こえてきた様を謡うと、シテは目付柱の方を向き、その有り様を感ずる風。暇申して、とワキを向き「二上の嶽とは二上の」で立ち上がると、ゆっくりと二足出てワキを向いてツメ「尼上の嶽とは申すなり」でシテ柱に向いて少し出て、「登り 登る雲に」あたりで足拍子を二つ。雲に乗った態。
杖を捨てると数珠を取り出し「紫雲に乗りて上りけり」と中入り。送り笛に送られて、ツレともどもに幕に姿を消しました。

長上下姿のアイが狂言座から進み出て、常座で当寺門前に住まいする者と名乗って型通りに角に出、ワキに気付いた態で声をかけます。
ワキとのやり取りから中将姫と曼荼羅をめぐる、やや長い物語を重々しく語ります。

ところで前場のシテ、ツレですが、古に中将姫の前に現れたという化尼化女(すなわち生身の阿弥陀如来と観音菩薩の化身)と自らも名乗っていますし、そう考えるのが自然です。しかし間語りの後、ワキの詞に喜多流や下掛宝生流では「さては中将姫仮に現れて給いけるぞや」とあり、また最前の老女と女の出現は中将姫であろうと間語りでいうこともあるそうですから・・・今回の石田さんの語りにはありませんでしたが・・・阿弥陀如来と中将姫ではないか、中将姫と侍女ではないか、といった解釈が様々にある様子です。

私個人としては、ワキの夢に出現したのは、中将姫に現れたのと同じ化尼化女、すなわち阿弥陀如来と観音菩薩の化身と解釈する方が素直だと考えています。当時の能作者の立場として考えれば、観客に中将姫と同じ体験をさせ、後場でその中将姫が極楽の菩薩として姿を現す。浄土経を深く念ずれば観客であるあなた方もその功徳によって極楽に往生出来るかも知れない、その機縁を見せようと考えたのではないかと思えます。
しかし一方で、中将姫の化現と考えると、それはそれで物語に広がりが出てきますし、そのあたりの解釈を曖昧にしておくことも、能を観る楽しみかも知れません。

ともかくもアイが語り終えて下がると、ワキ・ワキツレが立ち上がりワキの詞から待謡となります。さてこのつづきはもう一日、明日に
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