能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

舟船さらにつづき

主は太郎冠者が「ふなやーい」と呼ぶのを咎めて「ふね」と呼べと言いますが、太郎冠者は「ふな」と呼ぶのが正しいと言い、言い合いの末に古歌に「ふな」とあると言って、「ふな出して跡はいつしか遠ざかる須磨の上野に秋風ぞ吹く」という歌を示します。

これに対して主人は「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆくふねをしぞ思ふ」という歌を引き、「ふね」の例を示します。
太郎冠者はさらに「船競ふ(ふなきおう)堀江の河の水際に来いつつ鳴くは都鳥かも」と二つ目の歌を出してきますが、これに対して主は「このたびは、ちと早う詠まねばならん」と言って、先ほどと同じ「ほのぼのと」の歌を早口で詠みます。

太郎冠者が同じ歌ではないかと言うと、主は、先ほどのは人丸の歌で今度は猿丸太夫の早歌だと言い張ります。
太郎冠者は船着き場を証拠に挙げ「ふね」が正しいと言い、さらに三番目の歌「ふな人も誰を恋ふとか大島の浦かなしげに声の聞こゆる」を詠みます。

以前の鑑賞記に書きましたが、和泉流三宅派では三首の歌を、
「船競ふ(ふなきおう)堀江の河の水際に来いつつ鳴くは都鳥かも」
「ふな人も誰を恋ふとか大島の浦かなしげに声の聞こゆる」
「ふな出して跡はいつしか遠ざかる須磨の上野に秋風ぞ吹く」
の順に示します。
一方、主は同じ「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆくふねをしぞ思ふ」を三度繰り返し、一度目は柿ノ本の人丸の歌、二番目は僧正遍昭の歌、そして三番目は小野小町の歌だと言うなど、この日の大藏流の形とは微妙に違っています。

その後、主人が「山田、矢橋の渡し舟の…」と謡を謡うのは一緒で、「…ふねもこがれて出づらん」の後、「ふ…」と言いかけて口をつぐみ、太郎冠者がこのあと「ふなびとも…」と続きを謡ってしまう形です。

言い争いに負けてしまった主人は「なんでもないこと しさりおれ」と太郎冠者を叱って留になりますが、和泉流の「時々は主にもまけていよ」という留もまた味がありますね。
(13分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/2259-d86e4493

 | HOME | 

カレンダー

« | 2017-10 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。