能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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満仲を廻って・・・さらにつづき

満仲という曲は、幸若舞の「満仲(まんちう・・・読みは、まんじゅう)」をもとにしているといわれます。それ以前に美女丸伝説があり、これが幸若舞に脚色され、さらに能に取り入れられていったということのようです。

兵庫県の神秀山満願寺に伝わる美女丸伝説では、多田満仲の末子美女丸が、幸寿が身替わりとなったことを知って悔い改め、比叡山で源信僧都について修行し源賢阿闍梨(げんけんあじゃり)という高僧になったと伝えます。
やがて源信に伴われて、満仲と自らの母に面会しますが、母は両目の視力を失っており、この平癒を願って満願寺の阿弥陀如来に願を掛けたところ、目出度く母の視力が回復したとされています。

源賢は実在の人物で、満仲が晩年に出家するにあたり奔走したと伝えられています。
幸若舞では円覚という僧になったとされていて、名前が違いますが、満願寺の寺伝では視力の回復した源賢の母が満願寺に円覚院を建立したとされており、これと関係あるのかも知れません。
また謡曲と同様に幸若舞でも、美女丸が落ち逃れた先で師匠と仰いだのは恵心僧都とされていますが、恵心僧都は源信の尊称です。

能では幸若舞の話をある程度カットしており、美女丸が逃げ延びてから恵心僧都に伴われて満仲の所に現れるまでの時間についても触れていません。印象としては、あまり時間が経っていないように感じられますが、幸若舞では15歳で落ち延びた美女丸が25歳の時に満仲の元に現れたとされています。
また幸若舞では、円覚を伴って満仲のもとにやって来た恵心僧都は、何の事情も告げずに、弟子円覚を残して山に戻り、円覚自身が満仲に素性を明かすという話になっています。また美女丸の母が視力を失い、円覚の祈願により回復した話も、幸若に含まれています。
幸若舞については私も詳しく知りませんで、台本を読み物用とした「舞の本」で、満仲を読んだのみですが、織田信長が舞ったという「人間五十年・・・」という敦盛の舞も、能ではなく幸若舞だと言われていますし、興味深いところではあります。
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