能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

放生川 武田孝史(宝生会月並能)

宝生流 宝生能楽堂 2016.10.09
 シテ 武田孝史 ツレ 水上優
  ワキ 殿田謙吉
  ワキツレ 則久英志 梅村昌功
  アイ 高澤祐介
   大鼓 亀井広忠、小鼓 森澤勇司
   太鼓 小寺真佐人、笛 一噌庸二

昨年10月、久し振りに宝生会の月並能を見に行った際の一番。脇能の一曲ですが、これまた極めて遠い曲でして初見です。

真ノ次第が奏されてワキ一行の登場。白大口に黒系の袷狩衣、大臣烏帽子のワキ。ワキツレはいわゆる赤大臣で、舞台中央まで出て次第。脇能につき三遍返しの後、ワキの名乗りです。
ワキは鹿島の神職筑波の何某と名乗り、都に上って洛陽の名所旧跡を見て回ったが、今日は八月十五日、南祭の日にあたるので八幡に参詣しようと思う旨を述べて、道行の謡となります。

「南祭」は石清水八幡宮の祭で、下鴨神社と上賀茂神社で行われる葵祭が「北祭」と呼ばれるのに対しての呼び方です。八幡宮の社伝によれば、清和天皇の貞観五年、旧暦の八月十五日に「石清水放生会」と称して、始められたと言い、男山の裾を流れる放生川に魚鳥を放ち、生きとし生けるものの平安と幸福を願ったとされています。
祭は応仁の乱の頃から二百年程中断しましたが、その後復活して、明治からは新暦の九月十五日に催されています。本曲はこの放生会を取り上げた曲ですので、ワキが祭の日に八幡宮に向かうところからはじまります。
もっとも上掛の本では「また今日は南祭の由」とのみ記されていますが、下掛の本では「また頃は八月十五日南祭の由」とあります。当日は下掛宝生流の殿田さんがワキでしたので、八月十五日と述べました。

続く道行、木幡山から竹田河原を過ぎ八幡の里に着いたと謡われます。上掛の本では竹田河原ではなく鳥羽の細道とありますが、どちらが先だったのか些か興味あるところです。ともかくも一同は八幡の里に着き、心静かにじんばい…と聞いたようにメモしてあるのですが「神拝」でしょうか、ともかく参詣しようと言ってワキ座に着座します。
さてこのつづきはまた明日に
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