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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

朝長さらにつづき

朝長の最期の様子をシテが語り地謡。下歌「これは最期のお言葉にて こときれさせ給へば 義朝正清とりつきて 嘆かせ給ふ御有様を よその見る目も哀れさをいつか忘れん」と地謡を聞いて「哀れさをいつか忘れん」でワキを向いて片シオリ。
続く上歌を聞いて末尾の「亡魂尊霊もさこそ哀れと覚すべき」で再び片シオリ。ここは上掛の本では「亡魂幽霊もさこそ嬉しと思ふべき」となっていて、解釈が違いそうです。
なにぶん、上掛では前場にツレ・トモが出るのに、下掛ではシテだけしか出ないくらいですから、詞章もけっこう違います。

下歌「かくて夕陽影うつる」となり、シテは一度腰を浮かしますが戻して、二度目の「かくて夕陽影うつる」で立ち上がると、ワキも立ち、「青野が原の露分けて」と開キ。右へ回って地謡いっぱいに常座に立ちます。
シテは「しばらくこのところに御逗留候ひて 心静かに朝長の御跡を御弔い候へ」と言い、ワキが「心得申し候」と答えて中入です。
金春はこのままシテが中に入ってしまう形ですが、他流は概ね、ここでシテかまたは、シテに命じられたツレが、アイを呼び出して僧に宮仕えするように命じて、アイとワキとの問答になっていきます。

今回は、シテがそのまま中入りしてしまうので、アイは立ち上がって常座に出ると、さきほど僧侶が朝長の墓所を尋ねてきたが、まだいるだろうかと言い、正中に出てワキ一行を見つけた態で問答になります。
間語りの内容は以前にもまとめた通りで、、義朝は平治元年極月の都大崩の戦いに敗れて逃れた。この青墓宿の主の娘延寿は、かねて義朝の寵愛が深く十歳の娘も居たので、馴染みであるこの宿の長を頼みここまで逃れ来たものである。
家に入れ一行を休ませたが、朝長は傷が重く一足も動けない。雑兵の手にかかって犬死にになるよりはと、朝長は自害して果ててしまった。義朝は朝長の御首をうち小袖を引き被かせると、猛き義朝も涙に咽んでいた。その有様を見て涙を流さない者はなかった。
この青墓の宿の長は女だけれども、朝長の追善として七日七日に墓所に行き、香華を手向けている…と語ります。喜多流出雲康雅さんの会ではアイを山本東次郎さんが勤めてましたが、同じ大蔵流ではあるものの、メモを見ると今回の吉次郎さんの方がいささか簡略のように思います。

ともかくも、間語りを終えアイが下がると、ワキが朝長の霊を弔うため観音懺法の仏事を行うことになります。
このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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