能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

関寺小町さらにつづき

ここからシテとワキの問答になりますが、思いもよらぬ事を承るものだと答えたシテは、続けて「埋れ木の人知れぬ事となり花薄穂に出すべきにしもあらず・・・」と述べます。
前もって詞章をよくよく読んでおけば良かったのですが、後日、どうもこのシテ・ワキのやり取りが気になり、確認してみると古今集仮名序を下敷きにしたやり取りであることに気付きました。

「今の世中、いろにつき、人のこころ、花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへに、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには、花すすきほにいだすべきことにもあらずなりにたり」を、我が身のことに引き換えて述べ、さらに続く「心を種として言葉の花色香に染まば・・・」も、仮名序冒頭の一文を引いているのは明らかです。

名だたる歌人であった小野小町ですから、仮名序を踏まえた詞章になっているのは、当然のお約束でしょうけれども、この後も、ワキが難波津の歌、安積山の歌をあげ、シテは「この二歌を父母として」と謡い、ワキが「手習ふ人の始めとなりて」と続けて、仮名序にある「この二歌は歌の父母のやうにてぞ手習ふ人のはじめにもしける」を、ふまえてのやり取りになっています。
難波津の歌は仁徳天皇の即位に際しての王仁の作といわれる「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」、また安積山の歌は「安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅くは人を 思ふものかは」、こちらは万葉集にある「安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を わが思はなくに」を元にした歌です。

ワキが「都鄙遠国の鄙人や」と謡い、シテは続けて「我等如きの庶人までも」と謡いつつ、ワキの方を向いていたところから一度目付柱の方を見、床几から下りて下居します。
地謡の上歌、浜の真砂は尽きるとも詠む歌は尽きないと謡う謡に、シテはワキに語りかけるようにワキを見、正に戻し、再びワキに向き合います。
さてこのつづきはまた明日に
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/2361-63d1bd71

 | HOME | 

カレンダー

« | 2018-06 | »
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad