能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

桧垣のつづき

シテはサシで、籠鳥は雲を恋い帰雁は友をしのぶ…と謡い出して老境の寂しさを謡い、下歌「流るゝ水のあはれ世のその理を汲みて知る」と謡って上歌。
「白河の水さへ深き其の罪を 浮びやすると捨人に…」と謡い笛のアシライでやや右を向くと「値遇を運ぶ足引の 山下庵に着きにけり」で作り物に向き、繰り返す「山下庵に着きにけり」で四足ほどツメて正面に向き直ります。

白河は現在の表記では白川、熊本市の中心部を流れる川ですが、檜垣の女はこの白川沿いの蓮台寺あたりに住んでいたと言われているようです。熊本には行ったことがないので土地勘がありませんが、地震で大きな被害を受けた熊本城は蓮台寺から3~4㎞ほど上流になる様子です。
一方、山下庵は岩戸観音こと雲厳禅寺にあった庵跡で、蓮台寺あたりからだと十数㎞離れています。雲厳禅寺、霊厳洞と調べていて、ああ宮本武蔵が籠もって五輪書を書き上げたという、その場所かと初めて気づきました。

ともかくも、シテはその白河あたりから山下庵までやって来たと謡って、今日もまた水をあげに来たと言うと正中に出、藁屋の前でワキとの問答になります。
ワキが毎日歩いてくることを労うと、シテは、せめてこうすることで少しの罪も遁れられようか亡き跡を弔ってほしいと謡いつつ、腰を下ろして杖、水桶を置き合掌します。
下居のまま、シテはまた明日も来ると言って立ち去ろうとしますが、ワキが暫くと留め名を尋ねます。

シテは思いもよらぬことを仰るものだと言い、後撰集の「年ふればわが黒髪も白河の 水はぐむまで老にけるかな」という歌は自分の詠んだもの、昔、太宰府で庵に檜垣をしつらえて住んでいた白拍子だが、年を取り白河あたりに住んだものだと語ります。
これを受けてワキとシテの掛け合い。その白河の庵あたりを藤原興範が通った時に、水はあるかと求めたのに対し、水を汲んで差し上げる際に「みづはくむ」と詠んだのだと謡い地謡に。
地謡は「みづはくむ」というのは白河の水というだけの意味ではなく、老いて屈んだ姿を「みつはぐむ」と言うのだ。そのしるしを御覧になったなら、白河の辺りで私の跡を弔ってほしいと、そう言い置いて老女は夕まぐれに姿を消してしまったと謡います。
シテは地謡の一句を聞き、繰り返す「そもみづはくむと申すは」で立ち上がると、右に向きゆっくりと正に直して二足ほど出て下がり、「そのしるしをも見給はゞ」とワキに向いて思いを述べる態。右へ回って藁屋の横で正面に向き直り、二足引いた後、あらためて右から廻って藁屋の内に入って中入となりました。
さてこのつづきはまた明日に
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