能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

桧垣さらにさらにつづき

囃子を聞いて、作り物中からシテの謡い出し。
シテの謡から、地謡との掛け合いになっていきます。
このシテと地謡の謡の配分が予想していたのと違うので「おやっ」と思いました。舞台の進行からは少し離れてしまうのですが、ここでこの曲の詞章について少しばかり書いておこうと思います。

金春の桧垣は復曲で三十五年振りの上演だそうです。先々代、七十九世宗家の金春信高師が復曲されて、桜間道雄さんが三度、信高さんが一度演じられたそうです。この詞章について、当日のパンフレットに、前宗家安明さんが『「桧垣」詞章の少調整について』という一文を寄せておられます。
信高さんが復曲した時は、宗家伝来の十番綴二十冊揃筆写本に拠ったそうです。謡本には江戸時代末期の金春八左衛門安茂と覚しき書込があるそうで、典拠とするに足るものとの判断だったそうですが、その後、ワキの文章が下掛の特徴と異なるとの指摘があったので、ワキ方関係の部分のみを下掛系統に修正して、普及本や百番集に収録、発売されたそうです。
しかし、その後この筆写本をよく見てみると明らかに上掛のもので、江戸時代末期以前に金春八左衛門家に入ったものと思われることから、今回の上演にあたって天和元年の下掛木版本・六徳本に拠って調整されたという次第です。

さて私の方はそんな事情は全く知らず、はからずも金春の本を持っていないので、今回は下掛だからという理由でいささか古い金剛流の本を元に詞章をテキスト化して持ち込んでいました。このため、ここまではシテ・地謡の詞章は手許のテキストとほとんど相違なく、ワキは福王流なのでテキストとけっこう違うということで、特段の違和感もなく観ていたのですが、この後シテの謡い出しから「誰かはこれを期せざらん」までが、詞章はほぼ同じながら、配分が違うのでちょっと驚いたというわけです。
ちなみに私の用意したテキストでは、後シテ「あら有難の弔やな…世路にほこるといへども」地「夕には白骨となって郊原に朽ちぬ」シテ「有為の有様 無常のまこと」ワキ「誰か生死の」シテ「理を論ぜざる いつを限る習ぞや」地「老少といっぱ分別なし…誰かはこれを期せざらん」となっています。

いずれにせよ、能の鑑賞という意味ではさほどの問題ではないのですが、いささか寄り道をしてみました。
舞台の様子は明日につづきます
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/2369-79e92cca

 | HOME | 

カレンダー

« | 2018-04 | »
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。