能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

桧垣またまたつづき

「藤原の興範の」と謡って上羽。クセの後半も左右から「昔の花の袖今さら色も麻衣」とサシて角へ。角トリして扇カザシ、左に回って「けふの細布胸合はず」と大小前小回り。左右して「何とか白拍子その面影のあるべき」と打込ます。

ここで扇を閉じて右に回り作り物の横にて床几に腰を下ろし物着。白拍子物でもあり物着があっても良いのだというのは信高さんの考えで、上演された時はここで長絹と烏帽子を着けたのだそうですが、今回は光洋さんの考えで長絹は作り物の中で済ませ、ここでは烏帽子だけになさったそうです。

物着の後は「よしよしそれとても 昔手馴れし舞なれば 舞はでは今は叶ふまじと」と再び地謡を聞き、シテの謡「興範しきりに宣へば」。地謡が「あさましながら麻の袖 露うち払ひ舞ひ出す」と謡うに合わせて袖の露を取って立ち上がり、二足ほど出て「桧垣の女の」と謡い、地謡が「身の果を」と謡う中、左右ヒラキ打込、答拝の形から手を下げて袖の露落とし、左右ヒラキ序ノ舞です。

序ノ舞では二段のヲロシで正中に腰を下ろす所作があります。実はその後、二段の地で舞台正先に進んだ際に、足先が舞台から出てしまったため一瞬「あっ」と思ったのですが、全く何事もなかったように足を引き戻して舞が続きました。見所にも息を呑んだ方が少なからずいた様子だったのですが、その後も静かに舞が続き、あれはああいう型だったのかと思うほど自然な流れでした。

舞上げて「水運ぶ 釣瓶の縄の釣瓶の縄の繰り返し」と上羽。大左右からヒラキ、「白河の波白河の」と出てヒラキ。「水のあはれを知る故に これまで現れ出でたるなり」と謡ってヒラキの形をしつつ腰を下ろし、扇で水を掬う形から「水は運びて参らする」と立ってワキに寄り、下居して扇を閉じると烏帽子を取り「罪を浮かべてたび給へ」と立ってそのまま囃子で歩み、正中辺りで留となりました。
もともとの型としては、扇で水を持って行く型をして手を合わせて残り留のところ、今回は烏帽子を脱ぎ、ここから白拍子でないという演出にされたそうです。

本田光洋さんの父上である本田秀男さんは蓮台寺近くの生まれだそうで、そういう縁もあり、また金春信高さんの演能の際は、アイを十郎さんのお父さんである善竹圭五郎さんが勤め、光洋さんは地謡で出ていたなど、様々な縁が舞台に一段深い味わいをもたらしていたような気がします。
(136分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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