能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花月を廻って

「花月」は四番目物に分類されますが、四番目物は雑物とも呼ばれ、他に分類されない様々な曲が含まれています。
そうした中で、自然居士や東岸居士とともに「花月」は喝食をかけたシテが鞨鼓を舞うという独自の一群をなしていて、遊狂物などとも言われることがあります。

遊狂というのは、世阿弥が息子の元能に相伝した「三道」の中に出てくる言葉で、日本国語大辞典によれば「遊び戯れる人、すなわち遊芸者」とされています。三道は能作論書で、冒頭の種・書・作の三道を概説した部分に「放下には、自然居士、花月、東岸居士、西岸居士などの遊狂」とあります。またもう少し後の方に「放下」と一項を立て、ここにも「自然居士・花月、男物狂、もしは女物狂などにてもあれ」と、花月の名が記されています。

三道は能作に関する書で、ここに挙げられた自然居士や花月は曲名ではなく、こうした人を主人公にした能を作るには、という文脈で語られています。西岸居士という能はありませんが、東岸居士の詞章には西岸という語句が何度か出てきますし、もともと西岸居士がツレとして出ていたが後に省略されたという説もあります。

ともかくも、三道の文脈から考えると、自然居士や花月、東岸居士、西岸居士といった遊芸者がいて、この人たちを主人公にして能を作ると良いと読めます。ここから二つのことが推測されます。
一つはこれらの遊芸者たちが実在の人物だったらしいということ。
そしてもう一つは、明確に彼らを主人公とした能を作ったとは記載していないものの、おそらくは世阿弥の時代までに、自然居士や花月、東岸居士といった能が作られていたらしいということです。そうした経緯もあってか、観阿弥作と明らかになっている「自然居士」以外の、花月と東岸居士は「世阿弥作か?」という扱いになっています。

ところで彼らが実在とするならば、いったいどんな人物だったのか興味あるところですが、このつづきはまた明日に
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