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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花月を廻ってさらにさらにつづき

「説経」というと、お説教、お小言といった言葉が浮かんできますが、もともとの意味は当然ながら仏教の教義や経典を平易に説いて教化することです。
したがって仏教伝来以来、さまざまに説経は行われてきたわけですが、かなり古い時代から言葉に抑揚を付けて説経を行うこともなされていたようです。

調べてみると
「日本古代の教化(きようげ)僧は唱導を事としたが,おなじく教理を説く説教ははじめ経典の内容を解説した。これに対して唱導は音韻抑揚で譬喩談を語った。《元亨釈書》巻二十九は〈本朝音韻を以て吾道(仏教)を鼓吹する者,四家あり。経師と曰(い)ひ,梵唄(ぼんばい)と曰ひ,唱導と曰ひ,念仏と曰ふ〉と述べ,経師はすなわち説経師である。…」"唱導", 世界大百科事典, JapanKnowledge版
という記載もありまして、元亨釈書は元亨二年(1322年)に朝廷に上程された仏教通史書ですから、鎌倉末期には経師(説経)と唱導は別物とされていた様子です。なお梵唄は声明のことです。

音韻抑揚を使ったという唱導が、歌や踊りによる布教に繋がっていったように思えるのですが、どうもそうではない様子でして、経師の方が伴奏に簓などを用いだし、踊りなども加えて芸能化していったようです。上記の世界大百科事典の解説では、唱導はそのままの形を長く伝え、江戸時代になって説経節やチョンガレと結合し節談説経となっていったことが記されています。

そういう意味では、自然居士はまさに説教師ということになりそうです。そして、花月や東岸居士、西岸居士もこうした説教師の中にいた、ということでしょう。
しかしながら天狗草子に見られる自然居士の姿と、能での自然居士の様子は相当に異なっています。
さらに「花月」について言えば、アイとのなんとも怪しい関わり方や「恋といへるくせもの」という謡。なぜ弓矢を持っているのかなど、気になるところがまだまだあります。
明日はこの辺りについて書いてみようと思います
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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