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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花月を廻ってまたつづき

自然居士を絵巻に見られる姿と大きく異なった形で能に登場させたのは、やはり観阿弥の独創ということなのでしょう。
世阿弥もこの能にはかなり手を入れている様子なので、観阿弥が演じた自然居士が現在と同様の喝食姿だったのかどうか、いささか疑問も残ります。しかし風姿花伝に「自然居士の物まねに、高座の上にての振舞を、時の人、『十六七の人体に見えし』なんど、沙汰ありしなり」とあって、世阿弥は四十を過ぎた観阿弥の演じた自然居士が十六七に見えたと書き記していますので、詳細は別としても観阿弥が自然居士を若い男として演じたことは間違いなさそうです。

自然居士を廻っては、上の引用にある「高座の上にての振舞」が、世阿弥によって省略された場面で、五音にその詞章と思われる部分が残っていることなど、まだまだ触れておきたいこともあります。しかしそのあたりを書いていると、いつまでも「花月」に到達できそうにないので、観阿弥が自然居士を若い男に仕立て直したというところを確認して、花月の方に話を移し、自然居士を廻ってのあれこれは、またいつか機会のあるときに触れてみたいと思います。

さて、花月などで用いられる喝食の面へ話を進めようと思います。
喝食はもともとは禅寺で食事の種別や進行を唱えて衆僧に知らせること、またその役名を言い、喝食行者とも言います。もともとは年齢には関係なかったらしいのですが、後々、日本の禅林では7、8歳から12、13歳の小童が勤めるのが一般の風習となり、室町時代には稚児の別名となって、本来の職責とは異なり、公家や禅僧の若道の相手役となったと言われます。(日本大百科全書をもとに記載)

喝食面は、この喝食を模したものですが、室町期に成立してきたわけで、当然に男色も想起させるものだったのでしょう。遊狂物のシテが喝食をかけることにより、若い男というだけでなく、色気ある男の物まねによって観客を惹きつける趣向もあったのだろうと想像します。
そして花月ではアイとの絡みなど、さらにこうした面が強調されているようです。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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