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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

花月を廻ってまたまたのつづき

花月という能については、昨日ふれたように男色的要素が見られることと、遊狂物といわれるに相応しい芸尽くしと、二つの面から特徴的な能とされています。
生き別れになっていた父子の再会という筋書きはありますが、これはさほど重要視されておらず、場面設定のための背景といった位置づけに感じられるところです。

さてこの芸尽くし、冒頭に「花月」の名の由来を数え上げる場面を含め、男色的要素を感じさせる小歌、弓ノ段、曲舞、鞨鼓、山廻りと、比較的短い一曲の中に、これでもかと詰め込まれています。そんななかで弓ノ段に関連して興味深い論文を見つけました。
法政大学国文学会の会誌「日本文學誌要」73号に掲載された伊海孝充さんの…<花月>の「春の遊び」…と題した一文ですが、伊海さんは大阪大学名誉教授の天野文雄さん(以前鑑賞記の中で、藤戸に関する天野さんの説について書いたことがあります)が「禅寺の喝食である花月がなぜ弓矢をもっているのだろうか」と疑問視されたとをとりあげ、この問題提起は重要であるとして、論考されています。

伊海さんはここで「小弓」という遊戯のことを持ち出されています。「小弓」は平安時代から貴族や子供に賞玩されてきた遊戯だそうで、念のため古事類苑を見てみましたが小弓に関しては応和(961~964)、承暦(1077~1080)、長治(1104~1105)年間などの記事があります。もともと宮中で小型の弓をもって的を狙って得点を競う遊び、小弓合ないし小弓会から広まったようですが、雀を的代わりにする「雀小弓」なども、子供の遊びとして人気があった様子です。

花月が鶯を狙うという場面、観客は雀小弓を連想しただろうというわけです。その小弓は蹴鞠とともに「春の遊び」と認識されていた様子で、伊海さんは鞠小弓が春とともに詠み込まれた歌などを引き、小弓と「春」の季節感の関係性を強調しています。
そして花の咲き満ちる清水寺で喝食の少年「花月」が行うのに最も相応しい芸能として「小弓」が使われたのだと結論づけています。花月が登場した場面でのアイとシテの問答にも「今まで雲居寺に候ひしが 花に心を引く弓の 春の遊びの友達と 中違はじと参りたり」とある部分、弓の「張る」と春を関係づけているのもその流れであるということです。

先にふれた天野さんの説は、放下僧の例を引きながら、禅的要素に起因して花月に弓矢を持たせたのだという結論ですが、なんとなく伊海さんの説の方が「春の清水寺」を舞台とする能、しかも遊狂物に相応しいように思えました。

長々と書いていますが、明日・明後日は出張ですので戻ってきて落ち着いたら、花月の芸尽くしをめぐってもう少しだけ書いてみようと思います
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