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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

雲林院もう一日のつづき

雲林院をめぐってのもう一日。ワキの役名「公光」について少しばかり書いておこうと思います。

ワキの台詞によれば、公光は摂津の芦屋に住み、幼少から伊勢物語に親しんでいたという話です。現在の人名辞典などで探せる公光という名の人物は平安後期の藤原公光と、鎌倉初期の滋野井公光の二人くらいですが、いずれも公卿で中納言まで上っており、芦屋に住んだという話はなさそうです。

しかし一方で芦屋市には公光町があり、業平町の隣という、実にいわくありげな場所です。雲林院の公光は架空の人物・・・というのが一般の解釈ですが、この公光町はどういうことなのか。現在の公光町の地図を見ても、とりたてて業平や公光に繋がるような史跡も見あたりません。
どうも、能の雲林院が有名になり、その連想で業平所縁の地である芦屋に、公光の名を冠した地名が残されたと解するのが妥当なようです。まあ、能楽の架空の人物名が地名として残ったとすれば、それはそれで興味深いものではあります。

雲林院の公光は藤原公光とする意見もあるようですが、それとても具体的事実、例えば藤原公光が芦屋に住んでいたことがあるとか、芦屋に所領があったという訳ではなく、おそらくは能の作者が、時間軸の指標として藤原公光を持ち出したのだろう、という推定のようです。

ところで藤原公光は平安後期の歌人で、千載和歌集などにも歌が採られています。父は権大納言まで上りましたが、三十代半ば、権中納言、左衛門督の時になぜか失脚し、その後散位のまま亡くなっています。この公光の姉妹が三条大納言と号した藤原実国の妻となっています。
この藤原実国が滋野井氏の祖で滋野井実国と名乗り、その曾孫が滋野井公光です。正二位中納言まで上りましたが33歳で亡くなっています。

雲林院に直接の関係はなさそうですが、藤原公光が歌人であったことが、ワキの役名に名を残すきっかけになったようにも思えます。

この項終わり
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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