FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

柏崎 観世清和(銕仙会定期公演)

観世流 宝生能楽堂 2018.09.14
 シテ 観世清和
  子方 谷本康介
  ワキ 森常好
  ワキツレ 舘田善博
   大鼓 亀井広忠、小鼓 観世新九郎
   笛 一噌庸二

この柏崎は、武田志房さんの演能の鑑賞記を書いていますが、もう10年も前のことになってしまいました。(武田志房さんの柏崎鑑賞記)
この曲、申楽談儀には「鵜飼、柏崎などは榎並の左衛門五郎作なり」とあり、「わろきところをば除き、よきことを入れられければ」世阿弥の作といってよいとあって、世阿弥が改作したことが分かります。その榎並左衛門五郎は、摂津猿楽の榎並座の棟梁で、榎並座は後に金春座に吸収されたとも言われますが、いずれにしても詳細は不明です。

ともかくも世阿弥の改作により、現行の形になってきたわけですが、その際に土車の曲舞を入れたと申楽談儀にあり、本曲中のクセはもともと土車のものであったことが分かります。もっとも現行の土車にもクセがありますが、こちらは柏崎に曲舞を移した後に、あらためて作られたということでしょう。

柏崎のクセには「善き光ぞと仰ぐなりや」とあって、善光寺の曲舞とも言われますが、後場は善光寺を舞台としています。世阿弥の改作がどの程度のものであったのか分かりませんが、榎並左衛門の旧作から善光寺信仰が土台となった曲だったようで、そこに善光寺にちなんだ曲舞を持ち込んだ様子です。

ついつい長野、善光寺というと、東京からなら軽井沢回りの上信越道を、関西からなら名古屋回りを想像しますが、山姥の百万山姥一行が辿ったように、古くは京都から若狭、越前、加賀、能登、越中とつづく北陸道を進んだようです。百万山姥は親不知が難所であったためか、土地の人の勧めで手前、上路から山道に入りましたが、そのまま北陸道を進めば柏崎に到ります。柏崎から善光寺までは、直線距離なら7、80㎞といったところですから、古くから関わりある所だったのでしょう。
さて舞台の様子は明日から、たどってみようと思います。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/2429-9998ce3a

 | HOME | 

カレンダー

« | 2018-11 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad