FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

柏崎もう一日のつづき

シテの謡は「つらつら世間の幻相を観ずるに 飛花落葉の風の前にハ 有為の轉變を悟り」と始まり、地謡とともに生死の去来の変転を謡い「これも憂き世の習ひかや」とシオリしてクセになります。

クセは舞グセ。今回の鑑賞記冒頭に記した通り、善光寺の曲舞と言われるように善光寺信仰の色濃いものです。舞自体は曲舞の型を踏襲していて、詞章に沿った具体的な型はほとんど見られません。
せいぜい初めの方で「煩悩の絆に結ぼほれぬるぞ悲しき」の謡に扇を下ろしてシオリする程度で、後は強いて言えば終わり近く「夫の行方を白雲の靉く山や西の空の かの國に迎へつつ」の詞章に、正中での打込から幕方へ向かって雲扇の型があるくらいでしょうか。そうした具体性よりも、謡と舞が醸し出す雰囲気から、善光寺の功徳を感じてということなのだろうと思います。
最後は型通りに「称名も鉦の音も 暁かけて燈火の 善き光ぞと仰ぐなりや」で、サシて角に出、扇カザして左へ回って正中から常座へ。この後「南無歸命彌陀尊願ひをかなへ給へや」といったん出てタラタラと下がり座して合掌する形で留めます。

ロンギとなり、ワキツレが子方を立たせます。「今は何をか褁むべき」で子方を先に歩ませて「これこそ御子花若と」と地謡の前辺りに進ませシテに向かわせます。
母子の再会の場となりますが、「よくよく見れば 園原の伏屋に生ふる箒木の」の地謡に、シテは扇を広げて立ち上がり、招き扇。子方に寄ると「ありとハ見えて逢はぬとこそ」と子方の背を押して歩ませ「聞きしものは今ハはや 疑ひもなき」と一ノ松で自らは立ち止まり、子方を見送ります。
さらに「その母や子に逢ふこそ嬉しかりけれ」と一ノ松で正を向いてユウケン。繰り返す「逢ふこそ嬉しかりけれ」で左の袖を返し、留拍子踏んで終曲となりました。

夫を亡くし、子が遁世してしまうという、二重の悲しみで狂女となったシテが、善光寺の御利益によって子との再会を果たし、クルイ覚めるという一曲です。シテの謡は力強く、悲しみに打ちひしがれて弱るのではなく、悲しみと惑いに高揚して狂ってしまう強さが感じられます。
節付けも何カ所か、調子が外れたかと思うような独特の部分があり、ワキ小太郎との問答から、夫の最期を聞かせて欲しいと求め「委しく語り おはしませ」の部分など、「語り」で抑えたところから「おはしませ」の「お」が一気にウキ音へ上がるため、非常に高く謡上げる感じになります。感情を抑えかねるシテの様子が現れるような節回しでした。
(101分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
*** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** *** ***
このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/2433-942270d7

 | HOME | 

カレンダー

« | 2018-11 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad