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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

芦刈 熊谷伸一(東京金剛会例会能)

金剛流 国立能楽堂 2018.09.29
 シテ 熊谷伸一
  ツレ 赤星恵美
  ワキ 大日方寛
  ワキツレ 則久英志 梅村昌功
  アイ 善竹富太郎
   大鼓 大倉正之助、小鼓 住駒匡彦
   笛 槻宅聡

この芦刈という曲、6年ほど前に観世流観世芳伸さんのシテで観ています。その際の鑑賞記でも触れたのですが、この曲をめぐって金剛右京さんの談話集「能楽藝話」にいくつか興味深い話があり、いつか金剛の芦刈を観たいと思っていました。京都では上演されている様子ですが、東京ではなかなか機会がなく、ようやく今回観ることができました。
金剛右京さんは坂戸金剛家最後の当主で二十三世宗家、子供がなく後嗣を立てずに亡くなったため、京都の野村金剛家が宗家を継承しています。「能楽藝話」はその右京さんの談話を三宅襄さんがまとめたものです。どんな話が出てくるのかは、舞台の進行に合わせて書いていこうと思います。なお、そういう事情ですので、観世芳伸さんの際の鑑賞記と重なるところも多いのですが、重複を恐れず書いてみますのであしからず。

さて舞台は地謡・囃子方一同が着座すると次第が奏され、ツレ、ワキ、ワキツレの一行が登場してきます。ツレは紅入唐織着流し、ワキは段熨斗目に茶の素袍上下、ワキツレは無地熨斗目に、紺地に緑で雲文様の素袍上下の装束です。
一行は舞台正面に進み向き合って次第の謡。一緒に出たアイは狂言座に着座します。

この曲、上掛と下掛で謡本の異同が少なからずあって、観世芳伸さんの際の鑑賞記にも書いた通り、次第の後のワキの詞が違います。金剛流や喜多流の明治期の謡本でのワキの詞の大意は以下の通りです。
私は都のさるお方に仕える者だが、こちらにいらっしゃる方が嵯峨の法輪寺に籠られた時に、たまたま自分たちの主人もお籠もりされ、主人はご縁を感じたのか若子の乳母に付けられ、若子は健やかに生育されている。この方に、どちらの国の何と云う方かと尋ねたところ、自分は摂津国難波の日下の里に住む者だが、夫がさる子細あって流浪の身になってしまったと涙を流された。主人はいたわしく思われて、急ぎ夫の行方を尋ねてくるよう仰せになり、我等がお供をして淀から川船に乗って、津の国、難波の内、日下の里へと急いでいる。
とあります。観世や宝生の本では、この方は若子の乳母の人でお里は津の国日下の里だが、今一度下りたいと仰るので我等が供をし、淀から川船に乗って・・・と、簡単に述べられるだけなので、事の経緯が今ひとつよく分かりません。
どういう子細か、下掛宝生流もここの詞章は金剛や喜多の本とは異なり、上掛の簡単な形になっていて、当日も大日方さんのワキは、下掛宝生流の謡本通り簡単な形でした。

ワキの詞に続いて道行。日下の里が現在はどの辺りになるのか、色々と資料をあたってみたのですがよく分かりません。道行では淀川を水野、水無瀬、渡辺、大江と下って難波の浦、日下の里に着いたとあるので、淀川河口近くのあたりと思われますが、海岸の位置が昔とは随分異なっている様子です。
ともかくも、一行は日下の里に着き、この辺りに住む人を呼び出しますが、このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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