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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

芦刈さらにつづき

昨日書いたとおりに、幕前には藁屋の作り物が出されますが、これについて金剛右京さんの藝話には次のような話があります。
「芦刈には昔はどの流儀でも作物を出したものです。宝生と金春は今でも、舞台目付柱か橋掛りかに藁屋の作り物を出すと思います」
右京さんの時代にも、既に観世流では作り物を出さなかった様子で、観世芳伸さんのシテで拝見したときも作り物はありませんでした。しかしこの橋掛りに、しかも幕前に出された作り物が、その後の展開の中で大きな意味を持ちます。今回、初めてこの形で観て、舞台の感じが随分と違ってくることに気付きました。
そのあたりはまた後ほど。

ともかくも、カケリの後、常座に座して芦を置き、笠を外したシテは、立ち上がると、この浜の市に芦を売って世を渡る者と名乗ります。
実はこれが、右京さんの藝話に出てくる二つ目の話。
「観世・宝生では前シテの出で、立ち舞ふ事のなかなかにの後にサシ、下歌、上歌、初同がありましょう。ところが流儀では、かくれ処はあるものを、の次がすぐ名宣で、ワキとの問答と続き、クセの後にロンギが入ります。それから舞になります。これなどは、昔各流が話し合いの結果、下懸と上懸とわざと区別をつけて違えたのです」
というわけで、観世流とは展開が大きく異なります。
明治5年の生まれで、16歳で宗家となった右京さんが昔というくらいですから、江戸時代のことでしょうけれども、流儀で話し合ってわざと区別を付けたというのも、興味深いところです。

さて、シテの名乗りに対して、ワキが芦を買おうと声をかけ、シテは「芦召され候へ」とワキに芦を差し出します。
ワキが一もと買い取って都人に見せようと良い、シテは都人が難波の芦を御賞玩されるのは優しいことと言いますが、続けて、自分が落ちぶれて身は枯芦となっていても「よしとて召され候へ」と謡います。
この芦と「よし」から、ワキが「よしと芦とは別の草か」と問い、シテは同じものと答え、譬えば薄も穂に出れば尾花というようなものだと言います。
問答はまだまだ続きますが、このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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