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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

藍染川もう一日のつづき

命じられた左近尉は「畏まって候」と答えて退場し、ワキは笛座前に着座します。後見が小袖を下げ一畳台を出してきて大小前に据えます。さらに緑の引廻しを掛けた宮を出し一畳台に載せます。後見が宮に幣を立てかけて置きます。

ノットが奏されてワキが立ち上がり、宮によって幣を取ると、宮に向かって幣を振った後、右膝に弊を立てて「いでいで祝詞を申さんと 神主ご幣をおつ取って」と謡い出します。ここで謡われる祝詞は、中司さんの解説によれば「二十五三昧式」や「天神講式」を元にしているあります。「謹上再拝」に続いて「我此道場如帝珠。十方三宝景現中。我身影現三宝前。頭面接足帰命礼。南無天満天神」と唱え、続いて天神こと菅原道真が太宰府安楽寺に住まわれた来歴を唱えます。この章句、観世の本とは微妙に違いますが・・・

ところで「講式」というのは、世界大百科事典によれば「仏教法会の儀式次第のうち、とくに仏・菩薩、祖師などの徳を講讃する儀式をいう」もので「二十五三昧式」はその嚆矢とあります。
講式では声明が唱えられますが、浄土宗では総礼伽陀と呼ばれる法要の開始部分で唱えられる声明の一つに「我此道場」があり、「我此道場如帝珠。十方三宝影現中。我身影現如来前。頭面接足帰命礼(わがこの道場は帝珠の如し。十方の三宝影現する中に、我が身如来の前に影現せん。頭面に足を接して帰命し礼せん)」とあります。ほぼ謡の章句と同様ですので、この辺りが典拠になっているのでしょう。

この途中、南無天満天神と唱えてワキは幣を両手で捧げ、再び右膝に立てます。ワキの謡を受けて地謡が「や 本地覚王如来 寂光の都を出でて この太宰府に 住み給ふ」と謡い、ワキは腰を上げて幣を振った後、両手で幣を捧げます。

囃子が出端を奏し、ワキは笛座前に下がりのシテが宮の内から謡い出します。
地謡が「御殿頻りに鳴動して」と謡い継ぐと、引廻しが下ろされ後シテ天神が姿を現します。天神の面に、指貫、袷狩衣を着け、黒垂に直纓の冠です。
この後はシテは地謡で立ち上がって宮を出、六つ拍子を踏んで開クなど謡に合わせて舞いますが「悦びの祝詞を奉れば 神はあがらせ給ひけり」と常座で小廻りして開キ、留拍子を踏んで終曲となりました。
後ジテとして登場してからはほんの数分ですが、この天神の登場によって身を投げた都の女の蘇生は成し遂げられた証しということなのでしょう。
なお観世の本とは祝詞の他にも微妙な違いがありますが、梅千代を観世では梅千世と書いているのもその一つです。
(100分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)
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