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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

朝長またつづき

クセは居グセで、床几に腰を下ろしたまま謡が進みます。このクセの謡、しみじみ読んでみると深い詞章です。
朝長の亡きあと、義朝は信頼する乳兄弟の鎌田政清とともに、政清の舅でもある長田の館に辿り着きます。しかし長田のだまし討ちにあって命を落とてしまいます。
家人に裏切られた訳ですが、一方でこの青墓宿の長は女人の身でありながら、頼られたことから一夜の情けをかけたのみならず、こうして後々まで弔いしてくれるとは、いつの世の契だろうかと謡い、さらに「一切の男子をば生々の父と頼み 万の女人を生々の母と思へとは今身の上に知られたり」と続きます。
梵網経からの言葉のようですが、全ての男を父と思って敬い、全ての女を母と思って大切にせよという教え。先にもふれた天台智顗はこの梵網経の教えについて「菩薩戒義疏」を著しているそうですから、本曲の作者は一連の教えに通暁していたのでしょう。

こののちロンギからシテが立ち上がり、自ら腹一文字にかき切った様を仕方に舞うと「亡き跡弔いて賜び給へ」とワキに向かって合掌し、繰り返す「亡き跡を弔いて賜び給へ」の謡に、左の袖を返して留拍子を踏み、終曲となりました。
(109分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

さて本曲については、シテの中所さんには思うところがあるようで、当日は『「朝長」を観る前に』として「掌編小説 鎮魂」という、中所さん作の小、小説が書かれたものを頂きました。
簡単に言ってしまうと、室町幕府第六代の将軍、足利義量の早すぎる死を悼み、世阿弥が鎮魂の思いで本曲「朝長」を書き上げたという話です。史実の詳しいことは分かりませんが、なにやら深い思いを感じたところです。いずれこの掌編小説を膨らませて「小説」を書かれるかも知れないので、詳しくは書きませんが、そうした背景に思いを寄せると、一番の能も、またさらに味わいが深くなるように感じます。
朝長はあまり上演の多い曲ではありませんが、不思議と魅力のある一曲で、そうした鎮魂の思いが感じられるからなのかも知れません。

ついでながら、ずっと以前に書いたように藤戸と朝長は、シテの中入に関して改作された様子がうかがえますが、観世流の百番集では藤戸、朝長と並んでいて、なにやら因縁めいたものも感じるところです。
この項終わり
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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