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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

御裳濯さらにつづき

シテが正中に座すとクリ。
明治四十四年版の喜多正本には、先の地謡とクリとの間に、ワキの詞「なほなほ神慮のこさず御物語候へ」とシテの返し「懇に申上げうずるにて候」が記されていて、わかりやすいのですが、野上さんの解註謡曲全集にも、当日の詞章にもこのやり取りはありませんでした。

地のクリでシテは肩上げを下ろし、サシからクセへと謡が進んで行きます。
クセは居グセ。この一連の謡で、天照大神が天孫を葦原中つ国に遣わすに際して、三種の神器を授けたことが謡われます。特に八咫の鏡について、鏡は万物をうつしながらも一物も取り込むことはない、正直を授けるものであり、この宮の御神徳であろうと謡います。この部分は神皇正統記の記述をもとにしている様子です。
シテの上げ端「然れば神代の昔より」を受け、神徳はあきらかにして、垂仁天皇の御代にはこの地に宮居して皇大神となられたことこそ、和光同塵の御誓いであろうと謡われます。
謡はロンギとなり、シテは自らを興玉の神と明かして、御裳濯川の神が瀬を渡り、姿を消してしまいます。
この謡に中入となり、送り笛を聞きながら、シテ、ツレが幕に入ります。

ワキは「いかに誰かある」と声をかけ、ワキツレに所の者を呼んでくるように命じます。ワキツレがアイ所の者を呼び出し、アイは狂言座で立ち上がるとワキツレと応対して舞台に入り、ワキの求めにより伊勢の神徳、謂れを語ります。
まずは人皇十一代垂仁天皇の皇女倭姫が、神鏡を持って諸国を回り、その末にこの地に至った由来を語ります。またその折に御裳裾を汚してしまい川水で濯いだ故事も語ります。さらに「山のべの」の歌についても触れるなど、前場で出てきた話をなぞる常の間語りの形です。しかし「あれ?」と思ったのは、さりげなく興玉の神の別名が猿田彦神であると述べたことです。
猿田彦神は国津神で、邇邇芸命が天降りした時に道案内をし、その後は生まれ故郷の五十鈴川の川上に籠もったとされています。この地にはその子孫の大田命が居て、倭姫が天照大神を祀る地を探していたときに、倭姫を先導し五十鈴川の川上一帯を献上したと言われます。興玉の神は、その猿田彦神、大田命と同一視される神で、伊勢の内宮の御垣内に祀られています。
シテ、ワキや地謡の謡では触れられていませんが、間語りにさりげなく織り込まれているのは不思議です。

ともかくも語り終えたアイが下がると、囃子が奏されワキ,ワキツレが立ち上がって向き合い待謡となります。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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