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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

書き言葉と話し言葉

昨日の蓮生法師から話を少し広げます。


狂言なら事前の準備をしなくとも、おおかたの場合、初めて観るものでも「分かる」と思います。
たしかに聞き慣れない言葉も無いわけではありませんが、大体の筋を追うのには苦労しないのが普通です。


ところが能となると、なかなかそうもいきません。
事前になにがしか調べたりしておかないと、さっぱり意味が分からないということが少なくないですね。


これ、大きくは二つの理由があります。


一つは、狂言が日常的に起こる生活上の話題を劇化しているのに対して、能は何か古典文学や伝承などを題材として劇化されていることからくるものです。
古典や伝承を題材としてもナレーションなどで丁寧に解説でもされればまた違うと思いますが、能では緊張感のある舞台を展開するために、おおかたの場合、題材となった古典や伝承は「分かっているもの」として話がすすめられます。
間狂言がこれを補足する役割を担ったりしますが、いずれにしても事前にある程度の知識を持っていないと、なかなか楽しめないのが本当のところ。


もう一つが書き言葉と話し言葉の違いです。
狂言は会話劇なので、心情の描写を含めてすべてが話し言葉で構成されます。話し言葉でないのは、途中で謡われる小歌や連歌の類などでしょか。
一方の能では、台詞の部分と謡の部分が絡み合っていて、その謡の部分は古典に典拠したつづれ織りのような文章になっているのが普通ですから、これを予備知識無しに耳で聞いてもさっぱり分からないということになってしまいます。


昨日の「同じ蓮の蓮生法師」も「れんしょうほっし」と読もうが「れんせいほうし」と読もうが、これをいきなり耳で聞いてもさっぱり分からないのは当然でしょうね。
少なくとも直実の法名が「蓮生法師」と書かれることを知っていないと「ついには共に生きるべき同じ蓮の」という章句が活きてきませんもの。


もう少し、この言葉をめぐる話をつづけてみます

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