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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

楽を舞う・・・富士太鼓さらにつづき

さて、シテは渡された形見の鳥兜と舞衣を手に持ち、夫の死を嘆き悲しみます。
が、やがてこの夫の形見を身に付けてみるのです。


この女が男の形見を身に付けるという形、井筒をはじめいくつかの曲に見られますが、女が男の姿をするということに、深い意味を込めていたのだろうと思います。


富士の形見の鳥兜と舞衣を身に付けたシテは、作り物の太鼓を見、夫の敵とばかりに作り物を討とうとします。
子方がこれを止めようとしますが、夫の死も太鼓のせいとのシテの言葉に、子方は撥を持って太鼓を打ちます。打つといっても撥を持った右手を上げたまま、打つ形をとりつづけます。案外きつい形だと思うのですが、幹クン綺麗な形のまま静止していました。


さらに気持ちの高ぶったシテは、亡き夫の例が乗り移った風で狂乱し、子方から撥を取って自ら太鼓を打ち、そして楽を舞う訳です。
楽にも太鼓入りの楽と太鼓無しの楽がありますが、この曲では太鼓無しの楽。
太鼓への怨みから狂乱したシテが舞う楽に、太鼓が入らないというのも、また深い意味がありそうです。
小倉敏克さんのシテはあまり拝見していないのですが、深みのある「楽」でこの曲の風情をうまく表しておられるように感じました。


狂乱のままに楽を舞終えると、夫の霊はシテを離れた風情。
しかし今度は亡夫を思う妻の立場に立ち返って、怨みを持って太鼓を打ち、また夫の姿を思い出して涙にくれます。


こののち、修羅の太鼓は打ちやみぬ、として千秋楽、太平楽を打ち、心も晴れて鳥兜と舞衣を脱ぎ、住吉へと帰っていくという構成になっています。
(70分:当日の上演時間を5分単位程度で記しておきます)

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