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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

お茶の水 大蔵吉次郎(12月宝生夜能)

大藏流 宝生能楽堂 2006.12.20
 シテ 大蔵吉次郎
 アド 大藏彌太郎 大藏教義


大藏流と和泉流で全く同じ曲もありますが、名前は同じなのに内容が違うものもあり、逆に名前は違っているのに内容は同じというものもあります。


このお茶の水は大藏流の曲ですが、和泉流には水汲みという曲があり、これもほとんど同じ内容。ただし全く同じという訳でもなく、登場人物や話の筋立てに相応の違いがあります。どちらが先なのかは分かりませんが、基礎となる同じ話があって、それぞれに別の形に進化していったのかもしれませんね。


さて登場するのは、アドのとある寺の住持。住持は翌日に茶の客があるので、新発意(シンポチ)を呼んで水を汲みに行けと命じます。
シテ新発意はアドの後について登場していて控えています。いわゆる出し置きの形で、住持に呼ばれて舞台上の登場人物になる訳ですね。


ところが呼び出されてきたシテの新発意は、いつものとおりに門前の女「いちゃ」を水汲みに行かせるように主張して、自分は行こうとしません。
このため住持は怒って「ようおりゃる。すっこんでいさしめ」と新発意を叱りつけ、シテは狂言座に座ります。


叱りつけはしたものの、新発意が行かないと言うのはいかんともしがたく、門前の「いちゃ」に頼むことにして、舞台を回り、一ノ松で幕に向かって「いちゃ」を呼び出します。


「いちゃ」が出てくると、住持は新発意に頼んだものの水汲みに行ってくれないので代わって行ってほしいと頼んで桶を渡し、一端退場します。
教義さんの女振りはなかなかのもので違和感がありません。狂言の女は得てして強くがさつな設定が多いと思いますが、この曲では夕暮れの中に水を汲みに行く心細さが話の伏線にもなっていますので、いささか可憐な部分も残した女という形。


さてこのつづきはまた明日に

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