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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

狂言遊宴の話(萠の会)

宝生能楽堂 2006.12.24


当日のパンフレットによれば、浅井さんが東京学芸大学の能楽研究会を指導するようになった昭和48年、当時教鞭を取っておられた外村久江教授と出会われたのが今回の催しのきっかけとなっているそうです。


外村先生が研究されていたのが、鎌倉時代に武士階級が好んで歌ったという早歌。ソウガと読むらしいのですが、これを元に、こうした歌謡が歌われていた当時の雰囲気をということで、中世の武士による宴席のような形に構成されたのがこの日の狂言遊宴でした。


昭和48年というと、おそらく浅井さんは二十代前半。まだ独立されたか、間もなくされるかという時期だったのではないかと思います。
私が初めて浅井さんの能を拝見したのが昭和50年前後。たしかその頃、浅井さんは25歳で観世流では最も若い能楽師と言われていた記憶があります。
あの頃から考えると隔世の感がありますね。


パンフレットには出演者として、野村萬、宝生閑、櫻間金記、粟谷能夫、野村万蔵、三島元太郎・・・と、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方が入り乱れて18人。一体どんな演目になるのか興味津々で開演を待っておりました。


さて開演となると、宝生閑さんを先頭に全員が一列に並んで登場し、盛久の道行を謡いながら橋掛りを進んできます。割合長い謡なので、舞台を回りさらに橋掛りへ戻り幕の前まで行ってまた戻ってくるという次第。
ここで口上になり、中世の宴を模してということで、再び舞台に進んで一同がぐるっと車座のような形で座して宴の形になりました。


宝生閑さんはここで静かに切戸口から退場。次の岩船の準備ということでしょうか。
代わって野村万蔵さんが、まさに狂言回し的な形で全体を進行。まずは野村萬さんを呼び出して海道下りを謡ってくれるように頼みます。


これを受けて萬さんが進み出て「海道下り」
この後、順に出し物を見せ合うような形で進行するのですが、一つ終わるたびに皆で手を叩いて「やんややんや」と褒めるのも、いかにも宴席のような雰囲気で、観ている方もなんだか楽しくなってきました。


明日に、もう少しつづきを書いてみたいと思います

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