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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

忠度さらにつづき

ワキはアイを呼び出し、ところの謂われを尋ね、また不思議な老人の様を語って一夜の宿りの後、都に立ち帰って定家にこの由を報告しようと述べ、まずは一夜をこの地にて明かすことにします。


ワキの一行がが待謡を謡います。
一声の囃子で後シテ、忠度の霊が登場してきます。サシの謡の中に、詠み人知らずとされている千載集の歌に作者をつけて欲しいという自らの望みを述べます。
千載集には俊成の撰により忠度の歌「さざ波や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」が収められていますが、忠度が勅勘の身であったため詠み人知らずとしてあります。これを定家に伝えて、作者忠度の名を出して欲しいという願いですね。


そしてこの願いを述べた後、自らが命を落とした一ノ谷の合戦の様を謡い舞う形になります。
地の下歌「年は寿永の秋の頃」から、この合戦の様になるわけですが、他の修羅物とはいささか異なり、シテは忠度の霊として自らの様子を語るうちに、源氏方の岡部六弥太忠澄と組み合いになり、忠度が討ち取られたところからは、自らがその六弥太となってその後を語ります。


さらに「御身その花の・・・」とキリの地謡となるところからは、再び忠度の立場に戻りますが、詞章からいうと中入り前の霊である老人に戻った風情で、この形で姿を消すという、いささか不思議な構成となっています。


金春では一ノ谷の合戦に入り「皆々船に取り乗って海上に浮かむ」の後にカケリが入りました。戦の場面の盛り上がりということなのでしょう。
本日の宝生流や観世流を含め、他の流儀では六弥太が短冊の歌を詠ずるところに立廻りが入りますが、観世では「行き暮れて木の下陰を宿とせば」の後に立廻りとなるのに対して、宝生では「行き暮れて」で立廻りとなり、その後「木の下陰を宿とせば」とシテが謡います。少し違いますが、いずれにしてもこの曲の主題ともなっている和歌の情趣を引き立る形ですね。
(100分:当日の上演時間を5分単位程度で記しておきます)

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