FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

金剛流「藤」のつづき

東京金剛会の鑑賞記を続けます。


加賀の国から善光寺へという道筋は、いつぞや山姥の鑑賞記でも書きましたが、鉄道などの無い時代には主要な道だったのでしょうね。現代なら京都から長野善光寺に行こうとして金沢を回る人はいないと思うのですが・・・


ともかくワキの僧、善光寺へ向かおうと加賀の国を立ち氷見へ向かい、藤の名所である田子の浦にやって来ます。この田子の浦、現在では静岡の田子の浦と同じ表記ですが、観世の謡本では「多ゴ:ゴは示偏に古」と表記します。確認したわけでは無いのですが、もしかして金剛では「多胡の浦」と書いているのではないかと想像しています。


それは後におくとして、さてワキ僧が今を盛りと咲いている藤の花に見とれて「常磐なる松の名たてに、あやなくも、かかれる藤の咲きて散るかな」という古歌を口ずさんでいると、前シテ里の女が呼掛で登場してきます。
これ、観世の本では「おのが波に同じ末葉の萎れけり、藤咲く多ゴ(ゴは示偏に古)の恨めし乃身ぞ」と謡うことになっています。流儀によって若干の詞章の違いというのは良くあることですが、引いている歌が全然違うというのは少ないほうですねえ。


女は「田子の浦や汀の藤のさきしより、うつろう波ぞ色に出でける」という古歌を謡い、この地は歌に有名な藤の名所なのに、妙な歌を口ずさんでいるのは無粋なことだと非難します。この女のひいた歌、続後拾遺和歌集におさめられた藤原房實の歌だそうですが、観世の本では下の句が「波の花さへ色にいでつつ」となっています。


シテ、ワキの掛け合いから地謡へとつなぎながら、さてその古い歌などをひいてこの地の謂われを語る女人は誰なのだという問いに、シテが自らこの藤の花の精であると明かして姿を消してしまいます。
ひかれる歌は万葉集の内蔵縄麻呂の歌「多胡の浦の底さへにほふ藤波をかざしてゆかむ見ぬ人のため」観世ではシテの「かの縄麻呂の歌に」の句に継いで地謡がこの歌を謡いますが、良く聞き取れなかったものの、金剛ではシテの章句にもこの歌が織り込まれているような感じでした。
ここで中入り。さてこのつづきはまた明日に

関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/399-a3796d2d

 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-06 | »
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。