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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

小袖曽我 佐野玄宜(五雲会)

宝生流 宝生能楽堂 2007.6.16
 シテ 佐野玄宜 五郎 佐野弘宜
  母 藪克徳、従者 辰巳和麿
  団三郎 今井基、鬼王 金野泰大
   大鼓 佃良太郎、小鼓 住駒俊介
   笛 一噌幸弘


曽我物というのは何曲かありますが、その中ではこの小袖曽我が一番良く演じられますね。曽我兄弟の男舞の相舞というのが、なかなかの見せ所ですし、母の勘当を解いて敵討ちに向かうという武士らしい晴れやかさも魅力なのかもしれません。


まずはツレの母と従者が出し置きの形で登場してきます。
他流ではツレ母とアイの春日局が登場しますが、宝生流では男の従者を出すんですね。


続いて次第の囃子で、シテ十郎祐成とツレの五郎時致、団三郎、鬼王の四人が登場してきて、次第を謡い、シテが曽我の十郎祐成と名のります。


この先を続ける前に、そもそもこの人たちはなんなのだと、曽我物語の伝説の話をいささか書いてみようと思います。ご存知の方は読み飛ばしていただければ幸い。


さて平安時代末期、現在の伊豆地方に勢力を張っていた豪族、工藤祐隆がそもそもの発端。
祐隆には祐家と祐継二人の子がいますが、伊東に住した嫡男の祐家は祐隆よりも先に亡くなってしまいます。祐隆は、本来は嫡孫である祐家の子伊東祐親に所領を残すべきだったのでしょうが、伊豆半島の東半分にも及ぼうかという所領の大部分を、後妻の連れ娘との間の子である祐継に与えてしまいます。


ところが祐継が早く亡くなると、祐親は祐継の嫡男工藤祐経の後見人となり、実質的にその所領を横領してしまいます。
このため工藤祐経は伊東祐親をたいへん恨んでいました。


複雑な人間関係ですが、このつづきはまた明日に

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