FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

盛久 粟谷明生(喜多流職分会自主公演)

喜多流 喜多六平太記念能楽堂 2007.7.22
 シテ 粟谷明生、ワキ 森常好
  アイ 前田晃一
   大鼓 柿原崇志、小鼓 曽和正博
   笛 一噌幸弘


本日から7月の喜多流職分会自主公演の様子を書いてみようと思います。
まず最初は粟谷明生さんの盛久です。


この盛久という曲、元雅の作といわれていますが、奈良に世阿弥の自筆本が残っていまして応永三十年(1423)八月十二日の日付が入っているとか。
前年に世阿弥は観世大夫の座を元雅に譲っていますが、足利義教が将軍となって以来、徐々に世阿弥父子が遠ざけられ始めた頃ですね。
世阿弥がどんな思いでこの本を筆写したのか、いささか感慨深いものがあります。


さて舞台はまず出し置きの形でシテ盛久が登場し、笛座前で床几に掛かります。
ワキの土屋の何某とワキツレの太刀取りと輿舁も続いて登場してきますが、ワキは一度後見座にクツロぎ、ワキツレ太刀取りと輿舁は橋掛りに控えます。
ワキはあらためて常座まで進んで名のります。


ワキは、丹後の成合寺に潜んでいた主馬の判官盛久を生け捕り、鎌倉へ下るところと述べ、これに対してシテが「如何に土屋殿に申すべき事の候」と呼び掛けて問答になります。


この冒頭の部分、観世流ではいきなりシテとワキが問答しながら登場してきます。
実は先ほどの世阿弥自筆本も、カタカナ書きで「イカニツチヤトノニ申ヘキコトノ候」と始まっていて、これは観世の本と同じです。


シテ、ワキが問答しながら登場するというのは随分と珍しい形なので、後世、シテの出し置きとワキの名乗りという一般的な形に整理されたのかもしれません。
さてこのつづきはまた明日に

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/534-9d4c31c7

 | HOME | 

カレンダー

« | 2019-07 | »
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。

FC2Ad