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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

禅師曽我のつづき

団三郎と鬼王は小袖曽我の時にも書いた通り、曽我の十郎、五郎兄弟に仕えていた従者で、敵討ちの直前に曽我兄弟から形見の品を持って故郷へ下れと命ぜられた者たちです。
次第の後、団三郎はこうした子細を語り、曽我の里へと向かいます。


曽我の里に着いた二人は、早速に曽我兄弟の母を訪ね、形見の品を渡します。
母は兄弟が亡くなったという知らせに嘆きますが、鬼王は嘆きはもっともながら急ぎ箱根の国上(クガミ)の寺へ人をつかわすようにと言上します。実は国上の寺には兄弟の末弟が出家しており、その身を案じたわけです。


早速に子細を書き送ったとの地謡で中入り。団三郎、鬼王と曽我兄弟の母は退場します。
ここまでが省略された前場で、前後のときは中入りの後、舞台に一畳台の護摩壇が出されてきますが、宝生流では前場が省略されているので、当然のことながらまず一畳台が運び出されてきてワキ座に設えられます。


後場はまずシテが登場して始まります。登場したシテは国上の禅師と名のり、百座の護摩を焚くと言って、正中へ出てアイを呼び出し護摩堂の扉を開くように命じます。アイは一畳台に近寄って扇を使い、扉を開く所作をし、これを受けてシテが一畳台に上ります。
このアイとのやりとりは観世の本では省略されていて、シテが護摩を焚くと言ってそのまま一畳台に上る形になっていますが、おそらくは観世流だけが直したものでしょうね。


さて一声の囃子でワキの伊東祐宗、ツレの疋田小三郎に立衆が登場してきます。
伊東祐宗は宝生流ではワキ方が演じますが、観世流はワキを出さずツレが演じる形になっています。このあたりも観世流だけなんでしょうね。
この伊東祐宗がいかなる人物なのかわかりませんが、ともかく曽我兄弟の父である河津三郎の死後、兄弟の末弟を養子として出家させていたため、鎌倉から出家した国上の禅師を捕らえてくるように命じられて、国上寺までやって来たという次第を語ります。


一行は早速、護摩を焚いている国上の禅師に案内を乞います。
このつづきはまた明日に

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