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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

隅田川さらにつづき

さて舟を出すと、ワキツレが向こうに人が集まっている謂われを問い、これにワキが答えての語になります。
「さても去年三月十五日、や、しかも今日にて候ひしよ」この「や」の一声が、趣深いところ。観世の謡本にはこの「や」は無く下掛り宝生の型ですが、欣哉さんの謡、実に趣深く語られたところです。
都より拐かされてきた十二歳になる子が、ちょうど一年前のこの日に、この地で亡くなったために、この地の者が念仏して弔っているのだという話をしみじみと語ります。


シテはこの語をじっと聞き、やがてシオって泣く姿を見せます。ワキが語り終えるとワキツレは「今日はここに留まって念仏しよう」と舟を下りる風にワキ座へ着し、ワキはシテに問いかけます。
シテ、ワキの問答となり、ここでその子がシテの探していた子であることが明らかになります。


ワキの勧めでシテも鉦を叩き念仏に加わりますが、その念仏の内に子供の声が混じります。塚の内から子方が謡いますが、さらにシテが塚に向かって下居して念仏すると、子方が姿を現します。
シテは子方に手を触れようとしますが、子方は塚の中に戻り「我が子と見えしは塚の上の草茫々として」いるのみ。静かに留めとなります。


ワキの語りの部分もこの曲の白眉。もう何十年も前の事になってしまいましたが、初めてこの曲を同じ観世流の津村禮次郎先生のシテで観たときに、このワキの語りの内に、少しずつ、ほんの少しずつ、目付を向いていたシテが正面に向かって向きを変えるように演出されて、それがワキの語りに我が子のことかと思いを募らせるシテの心情を表すようで、深く心に響いたことを記憶しています。


あの頃観た能は、ほとんど記憶の彼方になってしまいましたが、あの一番は今も強い印象が残っています。津村先生がまだ三十代の若手だった頃。ワキは欣哉さんのお祖父様、宝生弥一さん、ワキツレが閑さんだったのではないかと思うのですが、このあたりは怪しくなってしまいました。ああ、何かに書いておけば良かったと思うのですが、その反省が今、こうしたブログを書くきっかけにもなっています・・・
(74分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます)

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