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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

察化と咲嘩、口真似

大藏流では察化、和泉流では咲嘩と書くわけですが、表記だけでなく微妙なところで違いがありますね。ただし、狂言の場合は能と違って流儀の違いばかりでなく、演ずる家での違いが大変大きいので、一般論では言いにくいところです。
今回は、このブログに鑑賞記を書いた大藏流山本則直さんの察化と、和泉流野村万作さんの咲嘩、そして良く似た口真似は大藏流大藏彌太郎さんと和泉流は野村万之介さんのものを材料に、このあたりの違いを書いてみようかと思います。

狂言は、古くは現代の声帯模写のような感じで、何か面白そうな物真似を見せて笑わせていた芸能だったようです。そう言う意味では「さっか」も、口真似の部分、要するに使用人が主人の口真似をして客を翻弄するところを見せて笑いを取るというのが、もともとの形だったのでしょう。
それにもっともらしい前置きなどがついて、狂言として整理されてきたのだろうと思いますが、もっともらしいと言いながらも、どうして太郎冠者が主人の口真似をしつこくし続けるのか、このあたりの説明は頭を使うところ。

口真似では台本上このあたりの説明が今ひとつ上手くできていない感じで、なんだか妙な話だなあ、という印象です。
「さっか」では、さっかの相手をしているように言われた太郎冠者が、とんちんかんな話をして主人に恥をかかせるので、主人が口真似を命ずることになり、ずっと話が整理されています。
とは言っても、どう考えてもおかしな口真似をし続ける理不尽さをどうするのか。

則直さんの察化では、せっかく察化の相手をしているのに主人に度々注意され、そのうえ裁量で話をすると恥をかくから口真似をせよ、と言われて、太郎冠者が腹を立てたという感じに整理していました。
主人に口真似を命じられての太郎冠者の返事が、いかにも憤懣やるかたないといった風に聞こえたところ。

では万作さんは、ということで、このつづきはまた明日に
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