能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

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六浦さらにつづき

女はこれに答えて、この木の思うには先んじて紅葉したために為相卿に歌を手向けられるという栄誉に浴したうえは「功なり名遂げて身退くは天の道」という言葉のとおり、もはや紅葉せず常磐木のようになったのだと説明します。

旅僧はどうして木の心まで分かるのかと不審がりますが、シテは実はこの楓の木の精であると明かして姿を消してしまいます。(中入り)
間狂言が登場し、この謂われを再び語った後、ワキは待謡を謡ってシテの出を待つ形になります。

一声の囃子で後シテが登場してきます。色大口に長絹の優美な姿ですが、装束は無紅で、色大口も浅葱。常磐木のように紅葉するのを止めてしまった楓の緑にちなんだ装束ですね。

登場したシテはサシで「あらありがたの御法やな、妙なる値遇の縁に引かれてふたたびここに来たりたり。夢ばし覚まし給ふなよ」と謡い、読経する僧の夢の中に現れたことを示します。

三番目物らしく、クリ・サシ・クセと草木は四季折々にそれぞれの時を得て咲いていくものと、謡い舞が続きます。
シテは「更けゆく月の夜遊をなし」と謡い、地が「色無き袖を返さまし」と謡い序ノ舞になりますが、まさに無紅の装束がこの一句にかかってきます。

序ノ舞を舞い上げると大ノリの謡の中に、明け方の空に残る月の光に薄れて姿を消したと留めになります。なかなかに趣深い一曲ではあります。
ところでこの曲に出てくる為相ですが、かの十六夜日記の著者阿仏尼の息子で冷泉家の祖。所領についての訴訟で鎌倉を度々訪れたようで、六浦もそんな事情から尋ねる機会があったのでしょうね。
(75分:当日の上演時間をおおよそで記しておきます。予定では90分でしたが予想外に短い印象でした)
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