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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

文蔵 善竹十郎(金春会定期能)

大藏流 国立能楽堂 2006.5.7
 シテ 善竹十郎、アド 大藏教義



文蔵は大藏にも和泉にもある曲ですが、黙って旅に出てしまった太郎冠者を懲らしめようとやって来た主人と太郎冠者のやりとりを巡る話。



主人は太郎冠者が京へ上ってきたというので、京の話を聞きたくて、とりあえず太郎冠者を許すことにします。
太郎冠者は京に住む主人の伯父のところに寄って、なにやらご馳走になってきたのですが、さてその名前が思い出せない。「主人が常々読んでいる語り物を食べた」というので、何を食べたか気になって仕方のない主人は、語り物を諳んじることになります。
やがてその中に「文蔵」の名前が出てきて、太郎冠者は「それを食べた」と言うのですが、文蔵は食べ物ではありません。主人が温糟粥(うんぞうがゆ)の事と気付き、「主に骨を折らせた」と言って叱るという流れです。



同じ大藏流でも、山本家の「文蔵」とは、また違った印象の演技でして、狂言の場合、家毎の違いがとても大きい感じがしますね。
以前に観た山本東次郎さんや、泰太郎さんの文蔵と比べると、シテ主人の語りのテンポが緩く動きもあまり激しくありません。発音も微妙に違う感じで、東次郎さんは食べ物の名前を数え上げる中で「饂飩(うんどん)」と発音していましたが、十郎さんは「うどん」と発音していました。
山本家では主人が語る最中は、腰を下ろした鬘桶を後見が抑えます。それくらい座ったままで合戦の様子を熱演しますが、十郎さんの主人はもっとゆったり構えた感じでした。
とは言え、物語が進むごとにだんだんと調子が上がって「文蔵に」という言葉に食いつくように、アド太郎冠者が「それを喰いました」と語りを遮るわけです。



ところでこの主人が語る石橋山の合戦、室町時代には独立した語り物としても人気があったのがうかがえます。
頼朝の先鋒、佐奈田(真田とも)与一義忠は、敵将の俣野五郎景久とあたって組み敷いたものの刀が抜けず、駆けつけた長尾新五、新六兄弟に斬られてしまいます。文蔵は佐奈田の郎党、陶山文三家康(家安とも)でしょうか。
世阿弥とほぼ同時代の役者と思われる「金剛」の作った能には、この石橋山合戦を題材にした「佐奈田」という曲があったそうです。それだけ人気のあった話なのでしょうね。

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