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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

砧 関根祥人(花祥会)

観世流 観世能楽堂 2007.12.15
 シテ 関根祥人、ツレ 藤波重孝
  ワキ 宝生閑、アイ 高澤祐介
   大鼓 安福建雄、小鼓 曽和正博
   太鼓 小寺佐七、笛 一噌仙幸

申楽談儀には「かようの能の味はひは末の世に知人あるまじければ・・・」と世阿弥が語った由が書かれていますが、確かにその予想通りに、この曲は一頃全く上演されなくなってしまっていたのですが、江戸時代も中頃になってから復曲されたもの。
現代では人気曲の一つになっていて、日本人の感性の変化もうかがえるところです。

さて舞台はまず名ノリ笛でワキ芦屋の何某がツレを伴って登場してきます。
何某は訴訟のために故郷九州芦屋を離れて都に上ったものの、早三年が経ってしまい、故郷が心にかかるゆえにツレ夕霧を芦屋に使わそうと述べます。

閑さんの謡、実にゆったりと柔らかく趣深い感じです。数日前の実方で西行として謡ったのとは、また全然違った味わい。
そしてツレを呼び、自らもこの年の暮には下る旨を伝えるように述べて中入りします。
夕霧に向かっての「余りにふるさと心許なく候ほどに」の「心」のあたりは実に丁寧に、思いを込めた謡でした。

ツレ夕霧は何某に仕える女ですが、この伝言を持って九州に下ることになり、道行を謡って「芦屋の里に着きにけり」と芦屋に到着し、一ノ松から案内を乞い後見座へとクツロギます。だいぶんに高めの声で張った感じで、曲調としてどうかと思ったのですが、これがシテとの対比でむしろ効果的と気付いたのは後ほどのこと。

囃子のアシライで前シテの出。三ノ松で「それ鴛鴦の衾の下には・・・」と夫婦の疎遠なことをサシに謡います。幕が開いて姿が見えたところで、既に悲しみが伝わってくるような感じです。謡も悲しみ、憂いを湛えています。
これに重ねてツレが一ノ松まで進んで案内を乞い、シテ・ツレの問答になります。
このつづきはまた明日に
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