FC2ブログ

能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

田村(白式)・・・つづき

田村は語りアイで、その後はワキの待謡になります。



いよいよ後シテの登場となるわけですが、白式の名の通り後シテも白の衣装。ただし黒垂で梨打烏帽子に白の鉢巻き、鍬形をつけての登場です。面は天神かな、耳まで彫ってあって不思議な印象の面です。
通常、小書きがつかなければ、鍬形は付けず面は平太を使うところでしょうけれど、随分印象が変わります。



ところで烏帽子ですが、先端を左か右かいずれかに折ります。たしか粟谷家のホームページか何かで「昔、勝った方が左で負けは右と思い込んでいた人がいた」という話を読んだ記憶があるのですが、勝ち負けではなく、左折が源氏で右折は平家。
謡曲「烏帽子折」に、子方の牛若丸が「三番の左折に折りて賜はり候へ」と言い、シテの烏帽子屋が「これは仰にて候へども。それは源家の時にこそ。今は平家一統の世にて候ふ程に。左折は思ひもよらぬ事にて候」と答える場面がありますね。
坂上田村麿は源平以前の人ですから、どちらということはないのでしょうけれど、勝修羅ということもあって、左折にするのが普通のようです。



扇は勝修羅扇だと思うのですが、それにしては派手なデザインで、金地に旭日と老松を描いたまでは通常と同じとしても、さらに赤い雲が描かれています。白式の時専用なんでしょうか、それとも金春の勝修羅扇はこのデザインなのかなあ。
金春の田村は以前にも小書き無しで観たことがあるのですが、そのときは取り立てて扇には注意が行きませんで、どんな扇だったか記憶していません・・・残念。



ちなみに旭日と老松を描いた勝修羅扇は、いわゆる勝修羅三番の屋島、箙、田村のシテが用い、立浪に日輪を描いた負修羅扇はその他の修羅物のシテが使います。負修羅扇は、なんとなく西海に沈む夕日って感じで、平家を象徴するような感じがしますね。



使う面が違うせいが大きいのかも知れませんが、後シテは力強い舞姿で、千手観音の仏力・霊験を表す感じが良く出ているように感じました。本田先生、謡にも舞にも隙が無く、気分が盛り上がります。



田村という曲、祝言性が強く、修羅物という扱いはどうなのか、とよく取りざたされますが、白式だとさらにそういう雰囲気が強くなるという印象を持ちました。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://zagzag.blog72.fc2.com/tb.php/66-a3c72882

 | HOME | 

カレンダー

« | 2020-02 | »
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

月ごとに

カテゴリー

カウンター


最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

プロフィールなど

ZAGZAG

頑張らない、をモットーに淡々と行こうと思っています。