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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

隅田川さらにつづき

ここからワキの語になりますが、下掛り宝生のこの隅田川の語は聞かせどころ。前回の鑑賞記でも書きましたが「さても去年三月十五日」の後に「や」と入る声は、その三月十五日が一年後の今日に当たることにふと気付いたワキの驚き、思いを表すものですが、森さんの「や」も、実に思いのこもった声。

この長いワキの語りの間、シテはひたすらこの物語に聞き入る訳ですが、どこをどう動かしたものか、じっと聞き入るシテがなんとなく揺れているように見え、思いが揺れているのが形に表れたような印象を持ちました。

ワキがシテの落涙に気付き、声をかけると、シテとの問答になりますが、「父の名字は「吉田の何某「さてその後は」と続く謡に、徐々にシテは右へ向いて、ワキの方に振り返って尋ねる形になります。

ワキの語る亡くなった子供が、我が子であると気付いたシテがシオリ、ワキはその子の墓所を見せようと言ってシテを塚に誘います。「彼の人の墓所を見せ申し候ふべし」で舟を操る棹を落とし、シテの後から立たせるように導いて、ワキはそのまま塚に向かい、シテは塚を行き過ぎてから戻る形で塚に向かいます。

シテは地謡の「この土を返して今一度」で塚へ寄り、土を掘り返そうとする形から、下がってワキに迫り、タラタラと下がって、塚に向かって下居します。さらに「げに目の前の浮世かな」で安座して諸シオリ。悲しみの極致という表現。

ここでワキが鉦鼓を打って念仏するように勧め、シテ・ワキ二人立って鉦を叩きながら、南無阿弥陀仏と念仏を唱えます。

さてこの曲、世阿弥の昔から、子方を出すべきか出さざるべきか議論が分かれ、全く出さない、声だけ聞かせる、姿も見せるとまあ三つの選択肢があるわけです。
この日はシテ、ワキの念仏からシテの謡、そして地謡の声に混じって子方の声が聞こえてきました。これがなかなかうまくおさまった感じで、違和感がありません。

やがてシテのみが念仏を唱え、子方が姿を現しての最後の場面となっていきます。
手を伸ばしても届かないもどかしさが表現され、深い思いのこもった留となりました。
子方、内田貴成クン。二年ほど前に、お父さんの成信さんがシテの自然居士に子方で出たのを観たときは、いささか大変だなあと思ったのですが、この二年の成長はとても大きいようです。将来、期待したいですね。
(83分:当日の上演時間を記しておきます)
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