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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

実盛のつづき

狂言に続いて、ワキの上人が着座のままに「それ西方は十万億土、遠く生るゝ道ながら、こゝも己心の弥陀の国、貴賎群集の称名の声」と謡い出し、ワキツレとともに念仏の功徳を謡います。

この謡のにうちに前シテの老人が静かに一ノ松まで登場してきます。
ワキの謡が終わると、シテのサシ謡から詞になり、シテの老人は念仏の声に引かれてやって来た旨を述べつつ常座まで進み、南無阿弥陀仏と念仏を唱え、ワキに向かって合掌して下居します。

当日のパンフレットに、シテ光洋さんが、亡くなられた父上秀男師の実盛に軽さがあったことを書いておられました。この文章は終演後に読んだのですが、なるほど「軽さ」か、と納得した次第です。この最初のサシ謡から、弱々しいわけではないけれど、力みの抜けた軽めの謡だなあと思っていたのですが、そのあたりを意識されていたということなのでしょうね。

さてこのシテにワキが「いかに翁」と言葉をかけ、シテは「御前に候」と答えます。ワキはさらに「さても毎日の称名に一日怠る事なし。されば志の人と見る所に、翁の姿余人の見る事なし」と、毎日念仏にやってくる老人の姿は上人以外の者には見えず、上人が声をかけるために独り言を言っていると不審がられていることを説明します。
そして老人に名を明かすように迫ります。

シテは、せっかく念仏の功徳で成仏できようかと思うのに、この世での名を改めて名乗らねばならないとは口惜しい、と訴えますが、ワキにどうしても名乗るように求められて、人払いをするよう求めます。

ワキの上人は、そもそも余人には姿が見えないのだからこのままでもよかろうものだが、たっての望みならばと人払いをします。シテは一度立って正中まで出て、再び下居。
昔、長井の斎藤別当実盛が、この篠原の合戦で討たれたと語ります。

ワキは、それは平家の侍の話であり、そんなことより自分の名を名乗るようにと促しますが、シテは、その実盛がこの御前にある池で鬢髭を洗い、その執心が残るのか、今もこのあたりの人には幻のように見えるようだと語ります。
そうして、続くシテ、ワキの問答から、ワキはシテが実盛の幽霊であると悟ります。
このつづきはまた明日に
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