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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

盛久のつづき

「これは鎌倉殿の御内に土屋の何某にて候」と常座でワキが名乗ります。主馬の判官盛久が丹後の国成合寺に忍んでいるところを、案内する者があって生け捕りにし、関東へ供するところと説明します。ワキ工藤さんの語りは淡々とした感じで、物語の幕開けとして相応しいように思いました。

これに対してワキ座に出ていたシテが「如何に土屋殿に申すべき事の候」と呼び掛けて、観世流などと同様のシテ、ワキの問答になります。

シテは、関東に下ってしまえばこれが最後になってしまおうから、清水に向けて輿を立てて欲しいと頼みます。ワキが易きことと答えて清水に寄る形になり、ワキは橋掛りへ向かって「東山の方へ輿を立てられ候へ」と呼び掛け、輿舁は常座へ進み、ワキと太刀取りは後見座にクツロギます。

シテのサシ謡「南無や大慈大悲の観世音・・」一度、観世音と称え念じても頼りあるものを、長年信仰を深めてきたこの清水寺とも最後かと、名残を惜しむ風情。
佐野さんの謡も愁いを含んだ感じですが、諦念を感じさせるしみじみとした味わいがありました。

一セイで「いつかまた、清水寺の花盛り」とシテが立ち上がり、ワキ、ワキツレの一行も立ち上がって輿舁が後から差し掛けて輿に乗った形。

ここから音羽山、松坂、逢坂の関から勢田の長橋を渡り、鏡山と地名を織り込んだ長い道行、海道下りになります。
先頭にシテ盛久、後からワキツレ輿舁の野口能弘さんが向かって左側、梅村昌功さんが向かって右側から輿を差し掛け、野口さんの左斜め後ろにワキの工藤さん、さらにその左斜め後ろに太刀取りの殿田謙吉さんという形で、一団になって舞台を廻ります。
「早鎌倉に着きにけり」で輿を外して地ノ頭あたりでシテは床几にかかりました。
このつづきはまた明日に
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