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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

宝生会別会を観に行く

先月から、ちょっとした宝生シリーズのようになっていますが、本日は春の別会第二日。能三番は、今井泰行さんのシテで老松、寺井良雄さんのシテで鸚鵡小町、そして小林与志郎さんのシテに、子方、ツレ、立衆が舞台狭しと並んだ正尊。
狂言が万作さんのシテで鱸庖丁。それに仕舞が六番という番組。

12時から6時まで、曲も重い曲が多くて、正直のところ「どうかなあ」と思っていたのですが、いずれもいつになく集中して観ることが出来まして、自分としては満足な会でした。

11時過ぎに、水道橋へ向かおうと秋葉原から総武線の電車に乗り換えると、なんだか知っている人のような・・・って、別に友人ではありませんで、まさにこの会へ出勤途中の石田幸雄さんが乗っておられた次第。小さなメモのような、謡本のようなものをご覧になっている様子。遠目に眺めておりますと、水道橋で降りて、なんとなく飄々とした感じで能楽堂へ向かわれました。
舞台で見るよりも痩せておられるような印象。舞台はお腹のあたりに蒲団のようなものを入れておられるのかも知れませんね。

別会ということで、初番から地謡、囃子方、皆さん裃を着けての登場です。実は前々から気になっているのですが、宝生流の会の場合、地謡方の皆さんの裃はすべて同じ紋所。矢車ですかね、あれは流儀で揃えているんでしょうか。
仕舞の際も、地謡は皆さん同じで、舞う方だけがご自分の紋を付けたものを着用されているようです。

それで実はちょっと気になったのですが・・・
高橋章さんが松風の仕舞をされて、大変趣深い仕舞だったのですが、舞もさることながら肩衣の紋を見て「おっ、もしや我が家と同じ紋所では・・・」と気になりました。
その後の正尊を見ていると、ツレで出られた高橋亘さんの腰帯の紋が、章さんの裃と同じ紋。・・・これはいよいよ高橋家の紋所なんだろうな、と確認する一方、あの腰帯は皆さん自前なんだろうか、と突然気になりました。今まで考えたこともなかったので、装束と割り切って見ていたのですが、正尊のツレの皆さんはそれぞれ違う紋所の腰帯をされています。はて、一体どうなんでしょう。

そうそう、気になったといえば、波吉さんが藤井さんになってまして・・・番組を見ると藤井雅之さんの自然居士の仕舞があります。藤井雅之さん? 宝生の方では藤井さんというお名前に記憶がないので「どんな方なのだろう?」と思っていたところ、波吉さん。
見所で、近くの方が話しているのを聞くともなく聞いていると、由緒ある波吉家の名前を守るため、事情あって名乗っていたけれど、本名の藤井さんを名乗ることにされたんだそうです。
お名前は変わっても、相変わらず、素敵な仕舞でした。

この四月に二十世宗家を継承された和英さんの仕舞も良かったし、それぞれの曲について書きたいことが沢山ありますが、鑑賞記はいずれということで、今晩はこれまで

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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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コメント

お目にかかれて

おはようございます
先日は(一瞬だけですが)お目にかかれて嬉しいことでした。
4月の月並や今月の国立定例でも接近遭遇だったのですね……気付きませんで失礼しました。

4月の月並能では、休憩時間に「藤栄」親子さまがロビーに出ていらしたのをみつけ、「おっ(←パパへ)」「うわ~、かわいい(←息子さんへ)」と思いましたが、声をおかけするのも……ZAGZAGさんと同じく、自分も“それはそれ、これはこれ”という思いがありますので、ご挨拶もしませんでした。

波吉さん改め藤井さん、確か娘婿さんだったのでしたっけ?
波吉さんが藤井さんだった、ということは細面の端整な少年だった藤井秋雅クンが息子さん!?などと1人で興奮していました。

こちらこそ・・・

本当はご挨拶したかったのですが、例によって特急に間に合うかどうか際どいところでしたので、脱兎の如く帰りました。

今回、帰りにお見かけするまで、どちらにお出でだったのか全く気付きませんでした。
4月の月並、碇潜も全く気付きませんで、ちょっと驚いております。こちらこそ失礼致しました。

そうそう、近くの席の方の話では、娘婿さんでらっしゃったようですね。正尊の子方、敏信さんが、名家を嗣いでいかれるということなんでしょうね。

紋所

いつもご観能、有難う存じます。仰る通り我が高橋家の家紋は丸に三つ柏でございます。そして正尊で小生着用していた腰帯(通称紋腰-もんこし-と呼んでおります。)は私物です。とは言っても全員自前と言う訳ではありません。正尊に関しては義経方は掛直垂の上に一本、戦時に着付けだけになるので中にも一本、計一人二本着けます。正尊方も入れると合計十二本になります。となると中には痛んだ物や雲、太鼓など天狗や竜神、鬼と言った物に使用する実際家紋にはない柄も使わなくてはなりません。それで、私は内弟子時代に自分の家紋の柄の紋腰を自腹で作った訳です。なので男ツレなど役に差障りのない時は私は自前の腰帯を使っております。裃ですが仕舞の時の裃は舞手は自前の裃なので紋は舞手の家紋になります。地謡や後見は能楽堂に置いてある物で紋は弟子家が着用する物なので七宝(宝生の隠れ紋)です。勿論宗家は後見、地謡時も宝生家の矢車の紋の付いた裃を着用します。

高橋様コメントありがとうございます

丁寧な解説、ありがとうございます。今までついぞ気にもとめずに見ていた腰帯ですが、なるほどそういうことかと感心しました。
また裃の件も納得いたしました。あれが七宝の紋なのですね。
紋所は何の偶然か、私の家も同じ丸に三つ柏です。それでふと気になったのが今回の記事のきっかけです。まあ、片田舎で代々修験道のようなことをして生計を立てていたらしい我が家と、高橋家では何の縁もなさそうですが、偶然とはいえ同じ紋というとなんだか親近感がわく感じがします。

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