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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

鸚鵡小町さらにつづき

ワキが懐中から文を取り出し、帝より憐れみの歌を下されたと、立ってシテに文を渡し、正中に下がって下居します。
シテは一度文を開きますが、間をおいてから、老眼なので読んでほしいと答えます。

ワキは再び立ってシテから文を受け取り、下がって下居「雲の上は ありし昔に かはらねど 見し玉だれの 内やゆかしき」と歌を詠みます。
これにシテは「返歌を唯一字にて申さう」と言い、不思議がるワキに「ぞといふ文字こそ返歌なれ」と答えます。

帝の歌とこれへの返歌を巡るシテ、ワキのやり取りが和歌の技法「鸚鵡返し」にかかるもので、この故に鸚鵡小町という曲名になってくるのですが、この鸚鵡返しを
ワキ「不審ながらも指し上げて、雲の上はありし昔にかはらねど見し玉だれの内やゆかしき」
シテが「さればこそ内やゆかしきを引きのけて、内ぞゆかしきとよむ時は、小町がよみたる返歌なり」
と、末の句の「や」を「ぞ」と変えて返歌としたことを述べるわけです。
このやり取りから地謡の上歌となり、ワキはワキ座に戻って下居します。

この鸚鵡小町を含め、老女となった小町はなかなかに理屈っぽい感じです。
登場から問答まで、確かに出の途中の橋掛りで立ち止まったり、謡や詞に間があったり、老女らしい展開は見られるのですが、印象としては「この婆さん、なかなかやるんじゃないの」という感じです。
老の姿ではあるものの、心はかつて宮中にあって才人といわれた時と何ら変わらないのだ、と主張しているようにも見えます。

いずれにしても帝に歌をいただき、その一字を変えて返歌とするのは畏れおおいことであり「帝の御歌を奪ひ参らせて詠む時は天の畏れも如何ならん、和歌の道ならば神も許しおはしませ」との地謡に合わせて、いささか腰を浮かせて合掌します。

ワキが立ち上がってワキ座へ直り、シテは再び座り込んだ感じで正面を向きます。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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