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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

野宮のつづき

前シテの里女の登場。シテは左手におそらくは榊と思われる小枝を持っており、ややうつむき加減に、しっとりとした歩みです。
紅入唐織着流しに小面、唐織は紅白の段が基本になっていて品の良い綺麗な装束。実はこの野宮での「紅入り、小面」について、宗家安明さんが新聞に一文を載せておられました。

シテの六条御息所は我が娘が斎宮になるために野宮まで来た訳で、子持ちの女性。本来であれば無紅の装束、面も曲見などで登場すべきところ、なぜ紅入り小面なのだろうかという話です。
たしかに考えてみれば不思議な話でいろいろと解釈もあるようですが、私としては光源氏との恋愛を描く上では紅入り小面がやはり相応しいと思います。老年になってから昔を思い起こすならまだしも、長月七日、光源氏が野宮を訪れたその日の思いを表す六条御息所を演じるには、紅入り小面であってほしいという気持ちです。

さて登場したシテは常座で「花に馴れ来し野の宮の、花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん」と次第の謡。低めの抑えた謡で、この後の展開を象徴する言葉です。

この次第に続けてサシ、下歌、上歌と、さびしい野宮の秋の情景を謡います。上歌では声を引き立てた感じで「来てしもあらぬ仮の世に、行き帰るこそ恨なれ」と深い嘆きを謡い、思いのこもった謡でした。

ワキは古を思い心澄ましているところに現れた女人に、一体誰かと問います。

これに答えてシテは、この地ははいにしえ、斎宮になられた人が(一年間)仮に移って身を清める野の宮である。今日は宮所を清め、御神事をなすところであり、関係のない人が来るのははばかりがある。「とくとく帰り給へとよ」とワキに向かって三足ほどツメ、帰るように迫る形です。
さてこのつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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