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能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

膏薬煉のつづき

鎌倉の膏薬煉は、昔鎌倉殿(頼朝)の御時に生食(イケズキ:池月とも)という名馬があり、ある時放れてしまった。これを自分の先祖の祖父(オホヂ)が一人で止めると言い、膏薬を親指の腹に取り、息を吹きかけ「吸え、吸え」というと、見事に馬を引き寄せた。それで馬吸い膏薬と名が付けられ、関東に隠れもない膏薬となったと話します。

話し終えた鎌倉の膏薬煉は、都の膏薬煉にそちらにも夥しいイゲンがあるかと尋ねます。これに答えて、都の膏薬煉は、平家浄海殿(清盛)の御時に六波羅にお庭を作ることになり、北山から三千人の人手で大石を運んできた話を始めます。

門の外まで大石を運んできたものの、石が動かなくなってしまったが、自分の先祖の祖父が一人で石を据えると言い、膏薬を親指の腹に取り、息を吹きかけ「吸え、吸え」というと、見事に石が吸い寄せられて庭に据えることができた。
この故に石吸い膏薬と名付けられたという話です。

いずれも「先祖の祖父」と言っていましたが、「先祖」とのみ言うこともありますね。また後段、シテの自慢話の方は平家浄海殿ではなく、禁中、清涼殿の東の方にお庭を作ることになり比叡山の麓から大石を運んできたと言う形もあります。
関東と京の膏薬煉なので、頼朝と清盛という対比も面白いし、また、かたや武家の頭領の話、かたや禁中の話という対比もまた面白いところ。

さて、いずれも劣らぬイゲンがあるということで、それでは薬種を明かして比べ合おうということになり、二人は大小前あたりに並んで座しての自慢話になります。

まずは鎌倉の膏薬煉が、ミミズの胴骨を台にして、海の底を走る白烏、幽霊の陰干しを入れてあると言います。そんな珍しい物では今では手に入らないだろうとシテが問いかけると、先祖の祖父が蓄えた物を使っていると説明します。
これを受けてシテ都の膏薬煉がどう答えたか、これはもう一日明日につづきます
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです
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