能の花 狂言の花

一観客として、能楽の面白さの一端を伝えられれば、と思っています。 初めてご来訪の方は「はじめに・・・能狂言に寄せて」のカテゴリーをご一読下さい。これまで書いた鑑賞記の索引を載せています。

関寺小町さらにさらにつづき

ワキは、女の歌詠みは稀だと言いつつ「我が背子が 来べき宵なり ささがにの 蜘蛛の振舞 かねて著しも」というのは女の歌かと問いかけます。能「土蜘蛛」にも引かれている歌ですが、シテは答えて、この歌は衣通姫の詠んだもので、自分もその流を学んだと言います。

衣通姫と聞いて、ワキは小野小町もその流と聞いているが「侘びぬれば 身を浮草の 根を絶えて 誘ふ水あらば 住なんとぞ思ふ」というのは小町の歌ですねと問います。
シテはカゝル謡で、この歌は大江惟章が心変わりした頃、文屋康秀が三河の守(実際は掾)になって下る際に私に誘いの歌を寄越したので、返歌として詠んだ歌で、聞けば涙も流れる悲しさと答え、シオリます。

ワキはこれを聞きとがめ「我が詠みたりしと承る」また「衣通姫の流」ともいい、小町なのではないか。老女は百歳にもなろうというが、小町が生きていればそのような年齢、これは小野小町の果てであろう、隠さないでいただきたい、と謡います。この「げに年月を考ふるに 老女は百に」あたりで再びシテがシオリます。

シテは、外目には現れないようにしていたのだが・・・とワキを見て謡い、地謡の上歌。
「うつろふものは世の中の 人の心の花や見ゆるは はづかしや」とシテは正面に向き直り、謡の章句を聞きつつ「さそふ水あらば今も 住なんとぞ思ふ 恥かしや」と再びワキに向きます。

クリ。打掛の囃子も位が重く柔らかな印象。クリの詞章「げにや褁めども 袖にたまらぬ白玉は・・・」は古今集恋二、安倍清行朝臣「つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 人を見ぬめの 涙なりけり」をふまえてのもの。ワキは子方を立たせ、ともにワキ座に下がって着座します。

シテサシから地謡、クセへと続いていきます。梅若玄祥さんを地頭に、地謡が詩情豊かに聞かせますが、このつづきはまた明日に
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このブログの記載方法などについてまとめています(リンク) 初めてご来訪の方はお読みいただけると幸いです

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